| 2009年9月1日(火) 天気:さむいよう |
以前撮ったのを上げるの忘れてました。 ![]() (FE E50/1.8 RHPIII) 2006年7月、新宿南口。 |
| 2009年9月2日(水) 天気:ねたない |
| 北海道に転居することがあったら是非石狩岳の山頂で石狩鍋を敢行してみたいと思います。十勝側から入らないと鍋一式歩荷するのはきつそうですが。もちろんその次の目標はユニ石狩岳の山頂でユニ石狩鍋を敢行することです。何だそれって言われても困る。ネタがないだけなんだから。 |
| 2009年9月3日(木) 天気:さむい |
![]() 1985.8 (C35 HR100) |
| 2009年9月4日(金) 天気:さむ |
![]() 1986.7 (C35 HR400など) |
| 2009年9月5日(土) 天気:あつ |
| 夜は東陽町でクインテットなので暑い中午後から早目に出ます。センターで郵便出したりしてからバスで往復するべと待っていたら夜行バス仕様の奴がきました。買い物をしてから重厚で難しいブラームスのop.111をみっちり詰めます。江東区界隈は音楽団体のメッカであり、厚ぼったい曲をやるというのにわんわん響く小部屋しか取れなかったので耳が疲れました。人生の終わりを迎えた作曲者がわずか五人の奏者に向かって出血大サービスな曲であり、盛りだくさんすぎて構成考えるのが大変です。例えば1Vaとしては二楽章はいくら遅くても構わないのですが、そうすると最後のほうのffあたりでこの世の終わりみたいな音楽になってしまったりと大変なことになってしまいます。 |
| 2009年9月6日(日) 天気:あつあつ |
| カピオで下旬にあるいばだいのOBおけの練習です。カピオのリハ室はオケにはちょっと狭いのですが、そこは普段狭いところでやり慣れているいばだいのこと、三管にサックス入りな曲が入ってもきっちり収まります。いばだい関係の練習に自転車で十五分でいけるってのは楽でいいなあ。 夜は昔のフィルムをスキャンしたりしてみましたが、当時出していた近所のラボが使っていたブリーチがねばねばの汚れになっていて困りました。洗ってみたりしましたが、ひどいのになると乳剤まで劣化してるのがあったり。当時から気になってて洗ってみたりしてたんですけどね。あと曇り空は退色が目立ちやすいですね。 |
| 2009年9月7日(月) 天気:段々九月らしくなってきました |
| 「生産活動に制約」鳩山氏の温室ガス25%削減に産業界が猛反発。私はまだ元号が昭和だった頃に*Mの連中と議論を重ね、環境破壊とはそもそも人類の生産活動の別名にすぎないという洞察を得たりしていたのですが、それでももちろん、産業界の危惧はよくわかります。何故反発しているかもよくわかります。鳩山発言に産業界が省エネや環境保護といった、今の時代ではよいこととされている価値観に逆行するような発言をするのはもちろん本心からそう考えているからでは《断じて》ありません。鳩山君が信用されていないから、です。「省エネ」「エコ」「環境」が最大の売り文句になる昨今の社会情勢において、産業界がそれでも鳩山発言に反対する理由は他に存在し得ませんもの。 恐らく、鳩山君は(私などと違って)理工系の思考が出来る人間ではありません。だからポリシーもヴィジョンも具体策も何もないままに25%という数値に踊らされて国内の産業界を引っ掻き回して後には死屍累々が残されるだけ、という悲劇的未来像が鳩山発言の将来です。反発されるのは当たり前です。 私は、1990年からの30年でCO2エミッションを25%削減することはもちろん可能だと思います。しかも、その間の日本の経済発展に対する保障込みで。例えば、1970年代に日本車が米国中心だった自動車市場を奪取した理由は何でしたか?燃費の良さでしたよ。燃費がいい、ということはつまりCO2排出量が少ない、ということですよ。ええ、高度経済成長時に日本が急成長したそもそもの理由、手軽に安く使いやすいよいものを作る、というポリシーそのものが、これからの、いや、いつだって世界に求められている物作りの基本だったのです。 日本にはそれが出来るんです。世界最古の王朝政権のもと他のどこにもない繊細かつ独自性を持つ文化を築いてきたのは伊達ではありません。こんな日本人の能力を最大限結集すれば、CO225%削減なんて朝飯前のはずです。のみならずこの技術を世界に惜しみなく開陳することにより、人類が現在直面している、グローバルな、初めての地球規模的な危機に対して、それを乗り越えることが可能になります。日本は人類の英知の碑に消えることのない一頁を刻むことができます。 鳩山君が「国民および産業界に対する痛み」なんて寝言をほざきたいのなら勝手に喚かせておけばいいと思います。我々日本人にとって、これからCO2排出量をどんどん削減してゆくことは喜びであり、生きがいであり、日本人の魂であり、何より日本を本質的に再生させる活力そのものです。産業界はアホ政治家なんて放っといて、今まで蓄積され続けてきた理系工学系の知識を育てつつ最大限活用し、元記事で危惧されたような消費の冷え込みだの産業界の低迷だのといった非-理工系的危惧を足蹴にしてやろうではないですか。 |
| 2009年9月8日(火) 天気:はれ *f |
| 沖ノ鳥島…東京から1700km南にある日本最南端の島。 中ノ鳥島…鳥島の東方約1350kmにあるとされていた幽霊島。昭和18年に海図から削除。 鳥島…伊豆諸島と小笠原諸島の中間に位置する無人の火山島。 手前ノ鳥島…鳥島の手前に位置する。 隠岐ノ鳥島…隠岐の島町のどこかに位置する。 |
| 2009年9月9日(水) 天気:はれ |
| 一桁の掛け算の日です。気仙沼に |
| 2009年9月10日(木) 天気:はれ |
| 実家に戻っています。二匹になった猫がベッドの上で横になってるののツーショットを撮ろうとしたのですが、前からいる茶色いのが濃緑色の毛布の上、拾ってきた真っ白いのが薄青の布団の上に寝てたりしてちっとも撮り映えがしません。 |
| 2009年9月11日(金) 天気:はれ |
| 高校のときの卒論(*Mには卒論があったんですよ)のコピーが出てきたので読んでみましたが、なんで論文中にギャグが書いてあるんだろう。提出三日前に分量三倍に増やせとか言われて徹夜で書いたりしてたので、最後のほうは字がぐじゃぐじゃです。 |
| 2009年9月12日(土) 天気:あめ |
| 妹が歌うのを聞いたりしてから夜はつくばに戻っていばだいOBおけの練習です。カピオのリハーサル室でピアノと合わせですが、えらくしょぼい音のピアノだと思ったら自動演奏装置がついてるような奴でした。余計な機械のお陰で鳴ってなかったんですね。リハ室でそんなもの何に使うんだろ。バレエや演劇の練習で需要があるのかな。最近の安いピアノはそういうのついてるモデルばっかだから、大した理由はないのかもしれませんが。 兄からF100を貰ったのですが、手持ちのAFレンズがトキナーのでかいズーム一本しかありません。重いよう。 |
| 2009年9月13日(日) 天気:はれ |
| 今日は来月のために一日勝田です。開始時間がちょっと早いこともあって6:40の急行バスで出ましたが、空いてたんで早目に着いてしまい、公民館でぼさっと待つ羽目に。暑い中一日みっちりと練習をしてまたバスで戻ります。夕方はどこも混んでおり、百里航空祭の影響もあって高速上りは桜土浦から先が渋滞しているようでした。 |
| 2009年9月14日(月) 天気:はれ |
| F100のマニュアルを落としてきて弄ってみましたが、こいつについてる沢山の機能はあらかたプロ用ですね。まあ開発コンセプトがF5ジュニアだから当然なのだけれども。 「つくば バス停 気象台 なぜ」という検索キーワードがあったのですが、高層気象台は学園が出来る前、戦前から存在しました。で、当時最も近所を走っていたバス路線が土浦-水海道線だったので、土浦野田線から高層気象台に入るところに気象台という名前のバス停ができたというだけです。 |
| 2009年9月15日(火) 天気:はれあめ |
| としおけの練習は手代木です。音漏れがひどくて使う部屋が制限されるはドアノブは壊れたままだはブラインドは下りないはクーラーは壊れて使えないは相変わらずです。それででかい庁舎を建てて町村時代の古いのは全部壊すとかゆってるつくば市の馬鹿政治はいい加減パージされるべきです。何か作れば済む、それしかやることがないくらいに思ってるから古くなったものをメンテできないし、その建物があることによって醸成されてきた暮らしをもっと育てていこうとも思わないし、育てられないから新しい何かに走って予算をそっちに回すことしか思いつかないんです。嫁に愛想つかされて未成年に走る性犯罪親父と同類だと考えると、これは人間として最低なことです。 新庁舎計画は広域合併でつくば市が出来る頃からずっと存在しましたが、万葉の古からの土地だけあって地元の綱引きが激しく、どこに建てるか全然決まらないまま十数年が経過し、電車が出来てやっと決まったみたいなところがあります。まあ合併したことそのものに問題を見出してもいいけれど、新庁舎の場所が決まらないなら分散した状態で合理的に業務が出来ないかとか、考え方は他にもあったはずですよ。実際、元から庁舎が分散してるお陰でクソでかい市内をあまり移動しなくても色々手続きが出来るとか、メリットも多かったわけです。市民の趨勢がまず新庁舎ありきだったのは馬鹿ばかしいことだったんです。そして自らの馬鹿を露呈させるのが怖いから、新庁舎とはそもそも何であるのか、市にとって何が必要なのか、集約的施設が必要ならそれはどうあるべきかという議論を避けていただけですね。馬鹿でも三人寄れば何とやら、なのですが、十分考えて議論すれば馬鹿を糊塗することくらいはできるとさえ考えられない大馬鹿ばっかりだったんですね。 もちろんこういう風潮はつくば市に限ったことではありません。つまり、今の日本人が馬鹿なんです。馬鹿だから後先考えずに衆愚的政策を掲げる政党に走り、馬鹿だから水に落ちた犬を叩く行為に耽り、馬鹿だからもう何ともならないのに何とかなるとお題目を唱えて目をつぶります。今の日本が駄目なのはあなたが馬鹿だからです。 |
| 2009年9月16日(水) 天気:あつ |
| そうめんを冷やして食すシーズンもそろそろ終いですね。 冷戦体制自体ガ崩壊してもう随分経ってから今さらこういう話も何ですが、あの体制を齎すことになった核兵器による戦争の意味の変化、ないし戦争そのものの脱構築について考えてみます。相手を滅ぼす代わりに自分も滅ぼされてしまう状況は戦争を無力化します。冷戦体制完成以降、米ソがあちこちの“辺境”で代理戦争ばかりやっていたのは、もはや第一次・第二次大戦のような世界規模での全面戦争が不可能だったからです。だって、それで戦争始めたら世界が滅びます。通常の意味において戦争の目的が遂行できません。核兵器というこの上なく野蛮な科学技術によって、戦争という、話し合いによらない国益の保全ないし拡大という野蛮な手段が封じられてしまったのが冷戦時代です。核兵器は従来の平和主義という、相互理解や協力による戦争回避手段に代わって戦争を防いでいたわけです。米ソホットラインという「話し合いの手段」が存在できたのも、話し合いによらない手段が禁じられたからです。そして平和という概念は国際政治の場で不要になり、バーゲンセールに出されました。それをいち早く購入した(させられた)のが戦後日本であったことは言うまでもありません。 もちろん、冷戦時代においてこの「平和によらない戦争の回避」を享受できたのは米ソに大両国間の関係においてのみでした。核兵器技術を持たない各国は彼らの辺境として代理戦争の舞台となり、多くの血が流されたことは既知のとおりです。そして朝鮮戦争からアフガニスタン侵攻、イライラ戦争に至るまでの代理戦争で核兵器が使用されなかったのはそんなもん持ち出すなら戦争止める、という話になることが判っていたからですね。そして冷戦体制が崩壊して世界が多極化しはじめても核拡散が一向に止まる気配を見せないのはもちろん、各国が冷戦時代の米ソの真似をして直接対決を防ぎたいからです。あらゆる国が核兵器を所有するようになったら、そんな世界では平和と協調は訪れないかわりに絶対に戦争も起きないでしょう。諸国がいがみ合い反目し合う、相互理解も協力もへったくれもない殺伐とした世界。各国が他国を村八分にし、世界は細分化され人類は衰退し刺すか刺されるか、でも誰も一線を越えられない、Uの字のテーブルの向かい同士で喧嘩が始まるはずもない、みんながひとりぼっちで見苦しいディストピア。戦争がないというだけで、いい世界とはいえないと思います。うっかり財布を忘れても、小銭を貸してくれるおっさんなんて絶対にいないでしょうよ。 もちろんこの結論は各国が「戦争とは何のためのものか」を十分理解している、という前提のもとでの話です。例えば戦争の目的と手段を履き違えて「一億玉砕」なんて本気で喚き散らすような気違い国家が出現したら、ただちに人類滅亡です。気違いに刃物って奴ですね。ああそうか、最も核兵器を持たせてはいけない国家は日本だったのか。 |
| 2009年9月17日(木) 天気:あつあつ |
| 暑寒別岳は増毛の南に聳える古い馬鹿でかい火山です。何といっても名前がいいですよね。二万五千の地図だと図幅のど真ん中に山頂があるんですが、図幅中にある人工物の記号が三角点と登山道と雨竜沼湿原の橋だけで、何て広いんだろう。 |
| 2009年9月18日(金) 天気:さむ |
| こんなんじゃ風邪引くよう。というかいきなり寒くなったんでインフルに罹る人が続出したんじゃないかと心配になります。大体、やれ温暖化だエルニーニョだと暴れ馬のような気候変動に翻弄されるばかりでは人類として失格です。何のための大脳新皮質でしょうか。政府は人工気象調節技術の開発に本腰を入れるべきです。 |
| 2009年9月19日(土) 天気:あき |
| 音楽が何故終わるのか、時々理解できなくなることがあります。音楽とはいつか弾き始められるものである以上必ず終わらなければならないし、物語論的構造の類似をもつ音楽であれば起承転結に相当する構造が存在し、つまり必ず終わる存在意義を持つものです。それでも、何故、音楽は終わるのでしょう。このようなことを考えるのは、絶対に終わってほしくないような曲がこの世にときたま存在することを知っているからです。例えば、私は全てのフーガは終わらないと思います。フーガの本質を規定する構造が曲の終わりを演繹できないからです。延々とフーガを作曲し続けてゆくうちに最初ないしそれまでのどこかと全く同じ部分が出てくるかもしれませんが、その音楽がフーガであるなら、そこから先の音楽は循環小数のように永遠にくり返されるだけです。実際に世に存在する数多くのフーガは作曲技法的にいうと、みんな途中で無理やりぶった切って終わりにしてるだけなんです。もちろんこんなことを知識として知っているから音楽が終わることを理解できない、と言辞を弄しているわけではありません。ただ、いくつかのフーガを聞いて、永遠に終わらなければいいのにと思うことがあるのは確かです。 多分私は、音楽が時間芸術であることに我慢がならないのでしょう。そして逆に音楽が時間芸術、つまり生そのものであることを知っているから、生と静の二律背反を前にして理解できない、と思考停止しているのです。無限小数をπとかeとか書き表して式の中で飼い慣らすように、終わらなければいいのにと思うような音楽を(楽譜を、ではなく)時間軸方向に伸びた細長い、手に取れる物体として抱き枕にして寝ることができたらいいのに、と思います。そうすればずっと、音楽と一緒。窓から差す黄色い陽が永遠にそのままであるような静かな部屋で音楽を抱いていつまでもそのままいられたらいいのに。静謐なコラールも悲痛なカデンツも絡み合う動機を離れて眺めてみると全く異なった様相が浮かび上がるように思える展開部も何もかも、目に心地よい永遠に飽きない彫刻のように腕の中にあります。一般に凍った音楽は建築だということになっていますが、私は音楽を弾くことで味わう人であり、弾くためのヴィオラは腕の中にあります。なので、建築よりもっとずっと小さいものをイメージします。自分の腕で抱けるくらいのサイズだと思います。 それでも、実際の音楽は終わります。曲は必ず終わります。奏者の目線の先に楽章終止線が岸壁の転落防止ブロックのように立ちふさがり、そこで私たちは弾くことを止めます。そこが音楽の死です。聴衆たちの拍手はだから、舞台の上で生まれ、生き、死んでしまった音楽に対する |
| 2009年9月20日(日) 天気:はれ |
| 夜は火曜日午後にノバホールの奴の練習です。べと七をやるわけですが、以前から何度も書いたように、これは変な曲です。おかしいです。間違ってます。こんなのを書いた奴の顔が見たいと音楽の教科書を開いてみたら髪ぼっさぼっさの目つきの悪いおっさんがこっち睨みつけててナノ秒で納得できるレベルです。これをテーマ曲に選んだのだめはだからものすごく異端なドラマだったということになります。もちろん私たちはベートーヴェンが散々やらかしてくれたことを踏まえた音楽の歴史を知っているのでああいうのが当たり前だと思いがちですが、ああいうのはそれまで誰もやらなかったことです。あんな曲を書いたのが人類史上初めてだと思うと一体全体脳味噌がどう誤作動したらこんなことになるんだろうとしか思えません。この曲は交響曲の八番と一緒に初演されたもので、八番もすごく妙ちきりんな曲ですが、作曲者としては八番の方が受けがいいだろうと思ってたと伝えられているようです。七番が激賞されたので意外そうだったとか。聴衆は変なところが評価できるのだとちゃんと判ってたんですね。だいたい、後年に至るまでずっと評価され続けるような曲ってのは変なんです。後になって、音楽界がその曲の変さを乗り越えてしまっても、作曲された当時に変だった曲は抜きんでたものとしてずっと評価され続けるものです。 |
| 2009年9月21日(月) 天気:あつ |
| 午後夜と練習の追い込みです。明日が本番なんですが、ホールが取れなかったので前日リハもカピオのリハ室で。ずっと弾きっぱなしなので特にじじい連中はばててきていますが、S先生語録に「楽器は筋肉だ」が追加されました。 |
| 2009年9月22日(火) 天気:客が減る日和 |
| ウィルおけの第一回演奏会です。フルオケをまともに響かせられる場所が存在しないことで知られる水戸近辺で弾いてた人が主体のオケなんでノバホールがどうなるかと思いましたが、バランスもそれほど嫌なことにはならなかった模様。それなりに人も入ってたようで、よかったです。 レセプションはビールだけで動いてたきがしましたが、早目にお暇しないといけません。明日もあるからね。 |
| 2009年9月23日(水) いい:天気 |
| 一日ひたちなかです。昨日の今日なんで自分でも何か疲れてるきがします。思考回路をシャットダウンして気合と反射神経で弾きます。 |
| 2009年9月24日(木) 天気:あついい |
| 土日は都内で学会なので早目にこっちに来たHと浅草に遊びにいきます。合羽橋界隈を歩きながら中華鍋が欲しいなどと言うのですが、ここで買い込むと学会で中華鍋の人と呼ばれることになるねえなんて話していました。 |
| 2009年9月25日(金) 天気:夏のような |
| 今日はHと葛西の水族園に行きます。おいしそうな物体たちが巨大水槽内を疾走するのを見物してから併設の食堂で昼食にするとマグロカツカレーなどがあったので獲れたてなのだろうなどと話していました。館内の人工なぎさの浅瀬でちっちゃいアカエイがばたばた泳いでたのがかわいかったです。それから船でお台場に移動、時間的にちょうどいい映画が「キラー・ヴァージンロード」だったので観ましたが、どう評価しろと言われたら笑えたとしか言いようがないかんじでした。 |
| 2009年9月26日(土) 天気:あつあつ |
| 実家の白猫は相変わらず大暴れ中で家中の隅という隅に入りまくって悪さをしているのですが、洗面所に置いてある洗濯機の脱水ホースを弄って外してしまっており、母が気づかずに洗濯してたら洗面所が水びたしに。 |
| 2009年9月27日(日) 天気:くもり |
| 一日来月のために勝田です。 朝青龍がガッツポーズ出したことについて親方が謝罪したとのことですが、日本人というのはオープンにする国際化するなどと言っておきながら何をどう国際化して透明化するのか全然決めないでいて自分たちに気に食わない状況になるとナントカ精神がナントカ道が大和魂がと世界的に諒解不可能な領域に逃げ込んで批判して自閉するんです。品格とか言うけど世界的に認知された格闘技における品格の具体についてみっちり調査して話し合った結果なのか。品格とはそもそも議論不可能であるなどと弁を弄するならそれは朝青龍の品格が悪いのではなく相撲協会の性格が悪いだけでしょう。相撲だって柔道だって何だっていつもいつもいつもいつもこういう話ばかりしてるでしょ?そういうのは卑怯で臆病な態度ですよ。自分たちと違う価値観の人間が入ってきたら何がどうなるのか考える知識も想像力も勇気も議論力もないからまるで念仏のように国際化を唱えて西洋に媚び東洋に諂い言葉の壁の内側で陰口叩いて世界に笑われます。こんな調子だから々ゞ仝〃とかいうネットの片隅の非国民偏向妄言サイトに魚を生で食う黄色い島国眼鏡猿土人とか侮辱されるんです。目糞鼻糞を笑うって言うけど目糞に笑われるような鼻糞は鼻糞未満じゃないでしょうか。私は朝青龍も相撲も好きでも何でもありませんが思考停止してるあなたは大嫌いです。情けない。 |
| 2009年9月28日(月) 天気:くもり |
| アパートの外壁塗装中なので窓にビニールのカバーが。折からの天気と相俟って湿っぽいです。 |
| 2009年9月29日(火) 天気:あめ |
| としおけの練習が広岡公民館で、つくバスの時間はぎりぎりなので土浦を回って行ってみます。七月にオープンした駅ビルのペルチを見にいくわけです。最近は水戸方面に行くのもバスだったから、しばらく土浦には立ち寄ってない。 WING撤退以来夜には真っ暗という状態だった駅前が明るくなったのはいいですね。五階まで大体テナントが詰まってるし、一階にコンビニ、二階にフードコートがばっちりというのも居心地がいいです。いい感じに復活してよかった。フードコートは十時まで開いてるようで、これはクレオスクエアのフードコートあたりもそろそろ閉店時間を繰り下げたほうがいいのではないでしょうか。さぬきうどんを食らってから練習に向かいます。 |
| 2009年9月30日(水) 天気:あめ |
| 個人消費が回復しないなどと霞ヶ関が愚痴っているようですが、ここ二十年近くの不景気で「いらないものは買わなくていい」ということを学習してしまった国民に今さら蕩尽しろと言っても誰も聞く耳を持たないと思います。国民の財布の紐は固く固く固く結ばれしかもロクに中身もありません。財源どうするのかって話を放ったらかして高速道路無料化だ暫定税率廃止だなんて主張する政党が第一党になるご時勢ですよ。個人消費で内需を回復させるのはもう無理だと考えたほうがいい。GDPを増やしたかったらまず頑張って外需を増やすしかないでしょうね。国際競争力のあるものづくりという地味な正攻法以外に日本の将来はないんですよ。 |