| 2008年2月1日(金) 天気:言い換え |
| 目の不自由な人背丈の不自由な人分ければ資源昆虫 #「なんとかメクラチビゴミムシ属」や「ゴミムシダマシ科」はあるのですが、両者が合体した名前の昆虫の実在は確認できませんでした(ゴミムシ科はオサムシ亜目、ゴミムシダマシ科はカブトムシ亜目だそうで)。 |
| 2008年2月2日(土) 主体、について |
| 天気:なんとか、みたいに書かなくてもいいと思います。 主体である私はつまり自分の判断によることなしに何ものも判断できないわけであって、つまり例えば今日本を騒がせている話題についていえば日本国内のメディアが毒入り餃子についてどんな報道をいくら行ったところでそれは私にとっては私の判断に何か影響を与える可能性がゼロではない何かにすぎません。報道したのは私じゃないもの。 私がかりに中華人民共和国の対抗勢力か何かの人間で日本国内でかの国の国威を失墜させようと企んでいたとします。しかも阿呆だったとします。いつも阿呆じゃないかとか言わなくてよろしい。私はそのへんのスーパーないし量販店で買った餃子にメタミドホスを塗りつけて日本国内の販売元に返品しますよ。私は本当はそんな暇人じゃないんでもちろんそんな阿呆な真似はしませんけれど、今現在日本国内でヒステリックに騒いでるマスコミは、私がこの段落において「かりに」なんて書いてみたことを誰かが実行したとして、それを悪意ある悪戯として合理的に排除できるんですか。そういう不安をいつだって払拭することができません。 |
| 2008年2月3日(日) 天気:ゆき |
| 倖田は好きでも何でもない上に羊水が腐るわけがないんですが、人々は歌うたいに政治家なみの倫理観を求めたいのだろうかと思います。こんなの集団ヒステリーです。別に失言をしてもいい、謝るな、と思っているわけではありませんけど。餃子もすごいことになってますが、本当に自分で殺虫剤塗って返品する阿呆が混ざってるんじゃないかという気がします。偽装するのは企業だけじゃないですよ。そんなに水に落ちた犬を叩きたいならそういうコンピュータゲームでも作りゃいい。 で、ここ一週間の日記を読み返してみると嘘にかんする話題ばかりでした。役に立つ嘘、害のある嘘、どうでもいい嘘…。 |
| 2008年2月4日(月) 天気:よい |
| 用事があって昼に大学に行ったところ、三学小食堂コーナー界隈が改装でなんだかサービスエリアのフードコーナーのようにされてしまっていました。薄暗い回廊に沿って学食にしては異常な美味いもの屋が並んでるのがよかったってのに、何てことしてくれる。 |
| 2008年2月5日(火) 天気:はれ |
| 去年買ったきーぼーどの出力のインピーダンスが当時持ってたヘッドホン(つうかイヤホン)と全然合わなくてノイズが嫌だったんでオーディオテクニカのヘッドホン(インピーダンスがでかい奴)を買ってたんです。オーディオに凝る趣味は全然ないんですがそれでもやっぱ全然音違うな〜と思ってたんですが、先日、ヘッドバンドのプラ部の細くなってるところが折れてしまいました。私は頭がでかい方なんですが、わずか数ヶ月で壊れるとはあんまりだ。接着剤でつけてみたんですが構造的に応力集中してるようですぐまた駄目になりそうです。なんでヘッドバンドがしっかりしているもっと高い奴を買ってきました。…もっともっと音違うでやんの。 |
| 2008年2月6日(水) 天気:ゆき |
| ぼたん雪なので積もりません。 |
| 2008年2月7日(木) 天気:よい *f |
| 『使いにくい』と勝手に列車 鉄道事業法違反で無職男逮捕 芸備線末端部に勝手に列車を走らせたとして広島県警はン日、無職男(む しょくお)容疑者(XX)を逮捕した。現場は一日3往復しか列車の運転がない芸備線備後落合〜東条間。調べでは無容疑者は方眼紙を利用した自作ダイヤグラムを用いて本来の列車と衝突しないように同区間の列車ダイヤを無断で作成し、JR東日本において廃車となった旧式の気動車を購入して昨年末から最大で一日11往復もの列車を勝手に走らせ、鉄道事業法に違反した疑い。「あり得ない時間帯に盛岡色のキハ52が走ってきた」との鉄道ファンの通報で発覚した。 無容疑者は「20年以上前は本数も多く、広島直通の急行も走っていた」としてJR西日本に増発を要求していたが、受け入れられなかったという。沿線の住民には本数が増えたので喜ばれていたと話しているという。同容疑者の自宅からは線路の分岐機に使用される特殊なレールや腕木式信号機、閉塞機なども見つかっており、県警では途中の駅に交換設備を設置して更なる増発を図っていた可能性もあるとみて調べている。 ※参考 |
| 2008年2月8日(金) 天気:うむ |
| 南聡のCDを何となく買ってきましたが、閃光器官aが面白かったということを何となくめもっておきます。同じCDにとしおけの管トレの先生が奏者で。 |
| 2008年2月9日(土) 天気:さむい |
| 八戸市議の藤川さんという方が美人市議として話題になってるんですが、美人というよりかわいいというべきじゃないかと思ったとかはどうでもいいとして、市議会レベルの政治家の素顔がこうやって広く知られるようになるのは悪いことじゃないんじゃないかと思います。グローバルスタンダードの狂風が吹きすさぶきょうびの地方自治という場でそれでも何かやってやろうなんて思う種類の人ってのはどこか一物ある(口悪い言い方をすれば、馬鹿な)人物なわけで、報道で読んで知るかぎりにおいてそれは彼女も彼女の親父さんも変わらないように思います。そして現実の世の中は大抵、馬鹿が動かしてきたんです。頭いい人間なら地元なんて見限ってとっとと東京にでも出て東大出てMBA取って以下略ですよ。ええ、「政治家」という単語を天上人と同義語と看做して陰口を叩くだけでわかったつもりになれるような、地方自治はそんな単純な世界じゃない。ずっと生々しい、つまり身近な世界の実態がもっと知られるようになればいいな、と思います。 ※例えば私はそのまんま東は好きでも何でもありませんが、彼を首長に選んだ宮崎県民は実に正しかったと思います。自分たちに今、必要なものは何か、そのためには首長はどういう存在であるべきか、という合理的な選択があったからです。東国原県政が評価されているのは当然でしょう。 |
| 2008年2月10日(日) 天気:はれ |
| 小湊鉄道に遊びに行ってきたんで帰りに八重洲本中心で手に入れた「うそつき 〜嘘をつくたびに眺めたくなる月〜」のことを書きますね。この本なんだけれどもリンク先のアマゾンのレビューをはじめネットでひっかかってくる書評〜面した雑文〜だの感想文だの日記で買って読みました報告だのがどれも屑なんで無闇に腹が立つんですがそう考えるのは自分が以前に書いたような本気違いだからでしょうかええそうなんでしょうねこいつら全員禄に本も読んだことない文盲でネット上の赤の他人例えば広告とか広告とか広告とかに唆されて物語のお約束の方程式に値をぶち込んだ解でしかない同工異曲の物語をそれさえ読めもしないくせに買い漁るだけで例えば学校で習った純文学も何もかもつまらない読みたくない商業主義のいいカモを演じる自分に酔ってる下らないああ下らない下らないそんな群盲がどうせ象の体をくまなく撫でてみるのを億劫がって目についた本だけをぽちぽちして届いた 日日日のどこをどのように切っても金太郎飴のように青臭くて仕方がない一般文芸作品つまり純文学を読みながらこいつは文学という釈迦の掌の中でそこが掌の中に過ぎないという自覚のないままに大見得切って大暴れしているのだろうなと思う。暴れられるだけ暴れるべきだとも思う。文学というアポリアの頑丈な檻に閉じ込められたことに気づかずに制限速度を無視して飛ばしまくるスリルが実は文学の鏡に映ったもう一つの姿だから。そしてそんな、月と嘘月の間にかかるメビウスの帯の上をぐるぐるとどこまでも飛ばし続ける文学の力を日日日は持っている。だから読みながら嬉しくて嬉しくて仕方がなかった。ひとが言葉を生み出した瞬間にバベルの図書館の原理によって語りつくされてしまったはずの文学という不毛な書棚という名の世界のほんの片隅のアパートのお隣さんがほんとうはまるで青い鳥だったとでもいうかのように予想もしないことをしでかしては嬉しがる日日日は虚ろな読者を見て、ヒヒヒと笑っているに違いない。 |
| 2008年2月11日(月) 天気:はれ |
| グレンジャーのCDを2枚買ってきました。こういうださいのは大好きなんで、誰か何とかしてください。 午後からノバホールにベルデの演奏会を聞きにいきます。ノバに客として来たのはいつ以来だろう?創団20周年とのことで満席です。比較的少人数の団体なのですが、みんな相当宣伝しまくったのでしょう。前のほうに座ったんですが中ぷろのコンチェルトでピアノの下側から |
| 2008年2月12日(火) 天気:くもあめ |
| 一昨日の日記の続きみたいなこと書きますね。いやあのテンション持続するのは疲れるんでもう文体模写は止めときますけど。 酒が好きな人はどんな酒であれ飲んでしまうんで酒の味がわからない、と言われます。ないし、グルメは大飯食らいとは違うのだとも。私は文章に対してグルメなんだろうと思います。ちっちゃい頃から人が遊んだりテレビ見たりしてた間じゅうずっと本読んでたんだもん。自分に買ってもらったり貰ったりした子供向けの本が枯渇すると兄貴や親父の本棚から本かっぱらってきて読めないのに読んで呆れられてたんだもん。これで審美眼が養われないわけがない。私は今はどんな本でも読むわけじゃないです。面白そうな本だけを読みたいしそんな本は数多くありません。 普通の人は本の感想を求められると、本に書かれた内容について感想を述べると思います。これは考えようによっては滑稽です。例えば目黒のさんまという話の内容は一言に凝縮してしまうと「さんまが不味かった」になるはずですけど、それで目黒のさんまの面白さは伝わるんですか。頭に入ってくる知識と、文学が面白い、という感覚とは直接は関係がありません。もちろん新書などの実用書、教養書においては知識それ自体が面白いので内容を面白がる読み方をしていいのですけど、逆にラノベであれ純であれ、文学はブルーバックスですか?違いますよ。文学において書かれた内容は料理の素材にすぎない。栄養(内容)を摂る(知る)だけだったら極端な話、カロリーメイトかじってりゃいいんです。素材をそのまま焼くか油抜きして骨も全部抜いてぱさぱさにしてしまうか蒲焼の缶詰にして山にでも持ってって貰うか、そういう工夫が料理人=作家の腕であるのにそれを抜きにしてさんまは嫌いですとかいうのはお門違いです。 「うそつき」は素材だけ取り出してみせればご都合主義が集積したただのハッピーエンドの物語です。で、それがどうした。わからん偉い人=味覚=文学音痴はだから新書片手に黙って金儲けにでも励んでなさい。下手に恋愛小説読む暇があったららアダム徳永でも読んで夜のテクニック磨いてたほうがずっと有意義だよ?まあ、私は実用書であれ、文学的にちゃんと下味がついてる(そしてその味が素材=内容を殺していないことがこの手の本では必要です)本を読みたいし普通の人もそういう本のほうが読みやすいとは思うけど。もう一度言う。文学って内容じゃないの。文学を読むのは追体験であって、そこでどんな知識(内容)が吸収されたかはどうでもいい。言い方をかえれば「栄養があるから」じゃなくて「おいしいから」。おいしいものは栄養がある場合が多いかもしれないけど、逆は正しくない。それとも生のさんまは美味しいですか。あなたイルカか何かですか。 もちろん、内容に触れずにある文芸作品を述べるのは大変困難です。内容という依代に憑依しなければ文学は成立し得ませんし、同じことがそれに対する感想にも当てはまります。それを何とか回避しようとすると例えば「まったりとして、何ともいえないコクが」なんて、何を言ってるのかよくわからないことになるのですが、もちろん仕方ありません。食品なら例えばさんまの成分を分析してこのアミノ酸が味蕾に作用して云々、という議論はできるかもしれませんし、同じことを文学に対して行うのが評論になるだろうと思います。一昨日の日記で最初にどれも屑、と書いたのは、どれもよくて評論のための外部分析装置(それこそ構造読みとか)を使ってみました、という分析結果を並べてるばかりに過ぎなかったからです。栄養分析表見せられて腹がふくれるもんか。例えば作者は主人公のやり切れなさを書きたかったのだ、と結果が出たとして、それがどうしたのか。そうして結果を並べつつあとはただの感想文。ここが感性にあわなかった。だからどうしたのか。ここが書き足りなかった。じゃあ書き足せばもっといい作品になると思うわけ?何が言いたいんだ。もしかして「俺はこう思う」を書き散らすためのネタなわけですか?こう考えると「楽しかった」「感動した」しか言わないボキャ貧の前前首相のほうがまだマシかもわからん。 まあそうやって文学を消費してなにごとかを判ってみたつもりになって気持ちよくブログの記事を埋めるような安易な人生もこの自由な現代の世の中ではありでしょう。でもさ、逆に作品の中にどっぷり嵌って明らかに中毒起こしてるような、何でそういうのがないのか。せめて一昨日の日記みたく文体模写するとかさ、それくらいのこと書いてよ。分析結果をもう一度文学に戻してよ。述べられないのだから、述べる以外の方法で書くしかない。文学のことは文学で、ですよ。ああもう、それとももしかして「うそつき」の面白さを自分以外の誰も判ってないのかなあ。宝物が山積みされた洞窟に一人で閉じ込められてるみたい(©ミヒャエル・エンデ)で精神衛生上よろしくないです。 |
| 2008年2月13日(水) 天気:はれ |
| マヨネーズは毎日少しづつ減っていく体重を気にしながら低くうなる冷蔵庫の中で闇に包まれていた。ライバルともいうべき紫蘇ドレッシングのペット容器と牛乳パックの間にいつものように挟まれて赤いねじ込み式のキャップを下にして冷やされながら、マヨネーズは明日の朝食のことを思った。彼が毎日運び出される場は朝の光もまばゆい食卓。白くコーヒー茶碗や皿にきちんと載せられた焼き立てのパン、湯気を立てるベーコンエッグの片隅にしだらなく置かれた半透明の彼の容器。日に日に減ってゆくその中身。ひとつ上の棚で静かに冷えている立派な瓶に入れられたマーマレードや隣の紫蘇ドレッシングに毎朝のように引目を感じつつもどうせ中身が全部なくなれば捨てられてお仕舞だ、というある種割り切ったような諦念がその姿に一種の退廃感を漂わせ、朝のすがすがしい食卓に一縷の無常を齎していることにマヨネーズ自身はまだ気づいていない。この家のマヨネーズ消費量は平均的なのだろうかなどとふと考える。今彼がその、容器が自在に変形するという特質を買われて押し込められている隙間の片方の存在である牛乳は彼がこの冷蔵庫にやってきてもう9本目だ。牛乳はすぐに飲まれてしまうという宿命を自覚してかみな一様に無口で、たまにしつこく問いただせば口を割って出てくる話題は消費期限を過ぎてやしないかという心配ばかりだ。心配するな、あと1週間以上あるじゃないか、それにこんなに寒いんだ、ちょっとくらい消費期限過ぎたって、などという慰めが心に届いたのかどうか、それさえよくわからないうちに牛乳たちはさっさと飲まれてしまい、その日の夕方にはまた新しい、むっつりとした紙パックが新たな冷蔵庫の仲間としてマヨネーズを圧迫してくる。自分だってそれなりの速度で消費されているというのに、それよりすぐに飲まれてしまうこいつらの四角四角したパッケージは朝の食卓でどこか偉そうなのが気に食わないといえば気に食わない。朝の食卓から牛乳だけが帰ってこなかったある昼下がり、所在なさげに紫蘇ドレッシングに凭れかかりながらそんなことを愚痴ってみたことがある。そんなことを口にしてみたのは押さえていてくれるものがないと冷蔵庫の扉が開くたびにばたんばたん揺すられてしまうのに嫌気がさしていたからだったかもしれない。紫蘇ドレッシングはふん、と鼻で笑って、俺もずいぶん少なくなってきた気がする、と呟いた。 |
| 2008年2月14日(木) 天気:バン・アレン帯が発見された日和 |
| 自分の中身があとどれくらいでなくなってしまうのか、マヨネーズは計算してみることがある。毎日これだけ減っている気がするから、頭の星型の絞り口の直径はこれくらいだから、この家では3日に一度はボウルに盛られたサラダが出るから…。アジシオが得意げに話していた逸話のことを思い出した。ある日、朝食が終わった冷蔵庫の中でふと上を見上げてみると食卓で何度か顔を合わせたことがあったアジシオがその青色のキャップをいかにも寒そうにかぶりながら暗い冷蔵庫の中に収まっていた。彼が納まっていたひとつ上の棚ではマーマレードがいささか窮屈そうにしぶしぶ彼の場所を空けており、その反対側で豆板醤がお前、間違えてここ入れられただろう、と冷やかしているので事情が飲み込めた。昔は財布が入ってたこともあったんだぜ、と古株の豆板醤は得意げだ。寒くて退屈なだけの庫内はどっと笑う。この家、案外ぼけてる所があるもんな、と奥のほうからくぐもったチョコレートシロップの声。チョコレートシロップはかれこれ二年以上、この冷蔵庫の奥のほうで中身を半分残したまま茶色くいじけている。この家の娘のバレンタイン・デーの手作りチョコための製菓材料として購われてきたらしい彼は今はもうすっかり中身も干からびて、次に俺がここを出るときはそのまま捨てられるときだ、と黴臭い諦念のオーラを発していた。お前が言うと洒落になんねえよ。豆板醤がチョコレートシロップを牽制する。そのうち気づいてくれるんじゃね?お前目玉焼きのたびに出番あんじゃねえか。そう言ってやるとアジシオはここはやけに寒いだの何だのと一くさり文句を垂れ、いつしか庫内の話題はアジシオのこれまでの武勇談になっていた。俺って化学調味料と塩の混ざり物なんだよね。昔化学調味料ができた頃のこと、なかなか売れないんで容器の出口の穴を大きくしたらどんどん売れるようになったって話だぜ…。冷蔵庫に入ることもなく、いつもテーブルに乗りっぱなしだったアジシオは実に色々なことを知っていたし、遠慮なくそのことを喋った。その頭上で、明朝にもベーコンエッグとなって皿の上で当のアジシオを振りかけられる運命に晒されている棚の最上段の生卵たちは彼の語る様々な知識をどんな思いで聞いていただろう。アジシオが彼にとって寒いだけの場所である冷蔵庫から脱出できるのはベーコンエッグが食卓に並んでから、そういえばいつも上にふりかけてるものがねえなあ、とこの家族が気がついてからのことだ。生卵とアジシオが次にま見えることは多分、絶対にない。まあ、そんなことにアジシオが気づいたとしても、自分がここにいる間にアジシオがまた間違えて冷蔵庫に入れられてしまうことはもうないだろう、とマヨネーズはいまだ一度も口も利いたことがない生卵たちの心配をするのは止めた。自分の頭にある星型の出口のサイズをひそかに気にしていたことを認めたくなかっただけだったのかもしれない。 |
| 2008年2月15日(金) 天気:はれ |
| ドアが開き、閉じられたときに隣の紫蘇ドレッシングがいなくなっていたことに気がついた。と思ったら奴は扉ではなく棚のほうに移動していて、あちこち見上げているマヨネーズの視線に気がついて横倒しの格好のまま残り少なくなった中身をまだ揺らせながら何でこんなところに、と渋い顔をしてみせた。かたやマヨネーズといえば、片方の支えがなくなったのでキャップを下にしたままバスの中で酔っ払って寝込んでしまった仕事帰りの背広みたいな歪んだ体勢で牛乳パックに寄りかかっている。この状態のまま夕食の後か何かに上に物を入れられてしまうと翌朝まで苦しいなと思うと嫌な気分だ。おい、きっちり蓋が閉まってないとこぼれちまうよと豆板醤が冷やかし、棚の最下段に数日前にやってきたブルガリアヨーグルトの1lパックが思わずうひ、と声を漏らして紫蘇ドレッシングが置かれている上を見上げた。液状の食品が漏れ出すことほど冷蔵庫の住人にとって迷惑なことはない。どういうつもりで紫蘇ドレッシングが移動させられたのかはわからない。今、彼がそこでふてくされている場所にさっきまで何かあったような気もするが、よく思い出せなかった。大抵はベーコンだの精肉だの、次の日には消費されてしまうような連中がそのあたりには押し込められていたから、マヨネーズも始めは注意して、最近は無意識のうちにその辺りは気にかけないようにしていた。誰かがベーコンか何かを取り出したついでに定員オーバー気味にぎゅうぎゅうと詰まり重たくなっていた扉が気になったのか、空いたスペースに適当に目についたものを分散させた、ということだろうか。だらしねえ格好だなお前、と紫蘇ドレッシングが声をかけてくる。気の利いた返事を思いつこうとしているとまた扉が開き、マヨネーズは外に運び出された。この家では朝食のサラダ以外にマヨネーズを使うことはあまりなくて、一度この家の娘が弁当のツナサンドを作るときに朝早くから駆り出されたのが印象に残っているくらいだ。珍しいなと思う。外では今まで何かを茹でてでもいたらしく、ひんやりとした半透明のビニールをすぐにこまかい露が覆っていった。調理台の上に置かれて、あたりを見回したマヨネーズはどうやら自分はここで終わるのだろうと唐突に悟った。大量のじゃがいもが茹でられ、潰されているのが見えた。これだけ大量のポテトサラダに見合うだけの分量は自分には残っているだろうかと思い、最後までそんなことに気が回る冷静さは食品として恥ずかしくない態度なのだろうと考える。蓋を外されて大きなボウルの上に持ってこられ、あっという間もなく中身をすべて搾り取られ、合いの手に食卓からはいつも遠くに見えるだけだった粗挽き黒胡椒。だめ出しのように残った中身もすべて押し出されてすっからかんになったマヨネーズは蓋も戻されないまま調理台の隅に転がる。終わりは一瞬だった。このままゴミとしてに捨てられるだけなのだろう。案外呆気なかったな、と思った。今晩、この家で何かパーティーでもやるらしく、刻んだかりかりベーコンを和えたポテトサラダは普段サラダに使われるよりずっと巨大なガラスのボウルの中で盛り付けの真っ最中だ。流しの向こうに、一昨日まで寄りかかっていた牛乳のパックが洗われ、鋏で開かれた干物のような格好で伏せてあるのが見えた。紫蘇ドレッシングは扉の定位置に戻れただろうか、と少し考えた。 |
| 2008年2月16日(土) 天気:はれ |
| どっかの国の将軍様と一緒の日であることで知られる母の誕生日を祝うというので夜に家族兄弟で(千葉の)八千代のハワイアンレストランへ。用意してもらったでかいテーブルのある場所は角で空調が回りにくい場所のせいか妙に肌寒く、ハワイじゃなくてアラスカのようであると皆が口を揃えていました。料理は楽しめたのですが。通路にロブスターが放り込んである水槽があって、海老料理を頼むとそこから出して料理してくれるようです(無茶苦茶高いのでもちろん頼みません)。鋏をバンドで固定され、水槽に折り重なるように放り込まれたロブスターたちはもちろん食べ物という意味では畑に植わってる大根や何かと同じなんですが、可哀想な気もします。アクアリウムみたいにディスプレイされてるのが原因かもしれません。食べ物(お命頂戴するもの)を新鮮に保つための装置と生命の美しさそのものを愛でるための装置が見た目同じなのでそう感じてしまうということかもしれません。 実家泊まりなんで夜に練習室に行ってさらったりしたんですが、母屋に戻ると妹が帝国の逆襲なんかを見ています。一緒にそのまま見続けてたんで寝るのはえらい遅くなりました。 |
| 2008年2月17日(日) 天気:はれ |
| 一日実家にいます。母と近所のスーパーに買いに出たら野菜だの何だのみんな高くてびっくり。安いのが売りの店だったんだけどなあ。 |
| 2008年2月18日(月) 天気:はれ |
| 京王電車の京は東京の京で、王は八王子の王です。なので京王八王子という駅名は牛の牛肉なのだろうと思います。 |
| 2008年2月19日(火) 天気:はれ |
| 飛んでくるミサイルは打ち落とせるのに漁船も回避できないとは情けないことです。漁船じゃなくて爆弾積んだ不審船の特攻だったら今ごろあたごも海の藻屑です。当てられた漁船がただただ気の毒です。 としおけの弦文が小野川なんで今日は楽器かついで自転車です。仕事場を19時過ぎに出て、ちゃんと背負える楽器ケースになったんで快適快適と思いながら裏道を飛ばして公民館についた瞬間に譜面を家に忘れてきたことに気がつきました。楽器ケースに譜面突っ込むスペースがついてると入ってるものと信じ込んでたまにやらかします。サイドのH氏が来てたので助かった次第。 |
| 2008年2月20日(水) 天気:わすれた |
| 先週の日記で創作はじめちゃったのをせこせこ書いていたら何があったか忘れました。机に縛られて淡々と研究のまとめをこなすだけの日常、対して無限に広がる空想世界や寝床に訪れる夢の世界。どっちが楽しいですか。 これで部屋にテレビでもあればテレビ漬けになるんでしょうか。テレビ中毒、一億総白痴化とはよく言ったものです。 |
| 2008年2月21日(木) 天気:昨日に引き続き思い出せない |
| いや、確か晴れてたですけど。 仕方ないので金曜の晩に起こっていることを書きます。どこかにあるはずのスメタナの1番のスコアが見つかりません。あたりまえだがカルテットの1番だぞ(ピアノトリオop.15も1番と呼ぶ場合があるんです。本人はもっと沢山書く気だったんじゃないかと)。部屋中に散らばる大量の本のどこかに紛れているのは確かなんですが、片付けるのはエントロピー増大の法則に反する作業なのでしんどいです。どこーどこーどこなのー。 レーガーの無伴奏の譜面が本棚の後ろに落ちてた事件というのも発生したことがあるんですが(おかげで二部あります)、買うしかないのかなあ。部屋片せですって。えー。 |
| 2008年2月22日(金) 天気:天気 |
| なんだか暑かったということを記しておきます。 夕方、上筑中(というのはつくば市立上筑波中学校の略称ですがこの日記中では筑波に上ることを意味することにします。何ですってそんな中学本当にあるのかですって。冗談に決まってるじゃん)の猿○さんを迎撃したりしてから昨日の日記にも書いたとおりン時間かけてスメタナのスコア探してたんですが結局見つかりません。仕方ないのでそのままひみつ練習場所に練習に行きます。いい曲なんですがつまりむずいということです。ポジションきっちり決めないと弾けないよう。よくこんな夏エヴァみたいな書きたいことオンパレードな曲書いたよなあ。たしか鈴木淳史とかも書いてましたけど「わが祖国」なんかよりずっとずっといい曲なのに。 |
| 2008年2月23日(土) 天気:sunny then strong wind |
| For the first ensemble practice for quartet of Smetana went to 森下 and found the weather seemed as if somebody has told to bring a spring. The 1st quartet of B. Smetana is the second interested work of string quartets for me, while the first is A. Dvorak's American, we enjoyed the ensemble to see we could make it in public within this autumn, though the work is said to difficult very much especially in technique from the premier when it is said that A.Dvorak took the viola part (you can find an alternation (easier) phrase in small notes at the viola part on middle of finale, which, I think, seems to corresponding to the claim that is said that the composer had received after the private premier. If the story is true, the alternation could be said to come from A. Dvorak, so you must not be afraid to play it which is authorized by a noted composer of chamber musics.). Satisfied us, when we went out the studio, found it was blowing hard and the wind hitting windows of 森下文化センター with branches of woods. It glowed very cold in few hours outside, maybe somebody brought out the spring. Before back to つくば, dropped to 新宿 and found the vice 都心 had covered with dark smoggy 黄砂 from the wind of Tower Records. All JR lines were delayed by the strong wind, so I thought somebody must had winded the spring to spring out the wind. On the way つくば, windows of the つくば号 kept on spiringing with the hard wind. |
| 2008年2月24日(日) 天気:Spring the first |
| Not sure this seviour wind is of the first time since this 立春. Haven't we other windy days from the beginning of this february? Went to 流山 in the evening; daddy told me whether to know a word 継合勘定. He found the word in his textbook for ancient writings, which he learnd, and no dictionary and no encycropedia could tell him the meaning. Google found the word in only 1 case essentially from the internet ocean, which was a HTML'd copy of an ancient writing about a regulation(仕置帳) for 五人組 in 江戸時代, and it was the similar one which daddy read. He, was saying the meaning of the word may to offset some compulsory labors and land taxes, but don't know the precise. Also a 熊本弁 phrase ごうごんかなわん was tested to observe whether 広辞苑 knows something about the phrase which means one can't do something well with himself because of his age, ill and so on. With 広辞苑 we could find the word 合期 as something is fulfiled, work well, etc. Daddy used to say 広辞苑 was never on use, but we found 広辞苑 works well sometimes. |
| 2008年2月25日(月) 天気:fine |
| In the morning, daddy was still angry about awkward addresses of JMSDF staff offices on the shipwreck with あたご and a poor fishing boat. They say they're going to prohibit to use auto-steelings on the area but he claimed if a hand steeling may cause an accident there they may change the decision again, so such things must meet the situation, don't be decided on land. He pointed out about the nonsense of "saltless" lot judging maritime affairs. The anger of the officer of ex-japanese marine may prolonged for a while. Went to 赤坂 in the night for little sister's live with her friends. In this live, she sang standard numbers of classical rather than her beloved (biased) programme. We enjoyed the live and went back to つくば in the midnight. |
| 2008年2月26日(火) 天気:cloudy then rain |
| I always asking that the weather must cooporate with my riding bicycle when a practise of Toshioke is held at 小野川公民館 with fine temperature, fair wind and so on. Despite of my request, the wether always makes me disapointed with too much hot/cold temperature, heading winds, frozen road... In the evening a section practise was held at 小野川, so went to the practise with bicycle I met the worst situation as I remembered. Clammy south wind was against on the way and when entered the public hall after the practise it was raining hard which the south wind brought. The weather must beg Dr.N. a pardon, who offered me to share a car of him. Dr.N. says he think つくば is a luxury city since it has a lot of city park, broad roads, close pedestrian ways... It seems that his point of view is an original so a good one. |
| 2008年2月27日(水) 天気:fine(maybe) |
| I've forget the weather because was writing a lot of あんちょこ (infoseek multi-translation on web asserts アンチョコ says "Ann chocolate" in English. Don't be kiddin') of my work. I find あんちょこ says key in English in my dictionary at my room (I'm adding this paragraph after I came back to home), but this seems to have a bit different nuance since I want to mean I was writing a kind of script on a batch of cards for a presentation using ppts. So, how do I say it? Just a script? But in this case, the batch what I was writing is not a formal one, just prompt me what I must speak at each ppt sheet. I want to give it a nuance with a bit cunnning one - yes, it likes a kind of "cunning paper." |
| 2008年2月28日(木) 天気:fine |
| I always use ball-point pen for writing, and my favorite are Zebra's Jim-Knock series. I don't like a situation there's no suitable implements if I want to write something anywhere I go, so I don't wish to use expensive one, just buy it in necessity and leave them on desks, bags. I hope all places I will go there must be at least a enough ink-filled Jim-Knock ball-point pen and support my writing anything. Today I found account of ink in every Jim-Knock of mine was almost same, not depend on where the pen was. That means my writing pitch was not different in situation, I wrote constantly anywhere where Jim-Knocks were there. So I wish I must have a Jim-Knock anywhere I would go all around the world. |
| 2008年2月29日(金) 天気:? |
| Bought 華ちゃん's latest album in 3/6 evening so write about this so that to fill the lack of my memory around this day. 華ちゃん's voice colour is optimum for her street-singing with playing "her" keyborard. Since, her music is for the combination with her voice and her keyboard(Piano). I don't think it is good to arrange her song with an ensemble of instruments because the arrangement might have overspread the timbre of her voice. Her soft and warm tone seems not distinct clear from any other instruments but piano only. So her director of CDs must not spoil 華ちゃん's singing with an over-arrangement which adding dozen of instruments. I must be nervous of the kind of this since violas were often spoiled with some manner of orchestration even in viola concertos such that William Primrose claimd in his books. Indeed, I love her singing with her own style and the style is adopted to her wish of musical sense. Any music must be adopted with the wish, not to make it adopt. |