| 2008年1月1日(火) 天気:にほんばれ |
| この日記もAkiaryでつけ始めて7年目、こっちからリンク貼ってないOdoriko Web旧サイト時代の不定期日記の最初の日付が96年12月ですから、はや11年目に突入しました。継続は脱力なりの「々ゞ仝〃」、今年もみなさまがお読みいただかなくても一人勝手に続いていくだろうと思います。よろしくお願いいたします。 日付が変わってからハリポタの最新作とか見始めたんで、昼は大体寝ていました。初夜更かし初寝です。 |
| 2008年1月2日(水) 天気:はれはれ |
| 妹を連れて柏に買い物に行きます。Hに楽器ケースのお返しのアクセサリを買ったりするために高島屋エリアをうろつきますが、初売で大変な賑わいです。昔はどこも店が開くのなんて4日からくらいだったのに、今や柏くらいの街には正月休みが存在しません。台風でも来たときのほうが静かな気がします。 で、帰りに江戸川台の西口商店街に寄ったところ店が全く開いていませんでした。こちらは旧来どおりの正月なのか、活気がないだけなのか微妙なところ。 |
| 2008年1月3日(木) 天気:はれ |
| 結婚式では大雨、子供が生まれれば近所の島が大噴火、その子の七五三には国道がトンネルごと崩壊して一年不通、夏に家族で車で九州に出かけるたびに台風が襲来して3号線に電信柱が転がっていた兄夫婦が来ましたが何故かいい天気です。元旦から飲みすぎとのことで調子悪そうにしてたのが理由かもしれません。当人たちには悪いのですが私が出かけるときは是非具合が悪くなっていてほしいものです。 |
| 2008年1月4日(金) 天気:はれ |
| 両親と江戸東京博物館に遊びにいきます。北斎の特別展が目当て。H連れて来たかったきがします。抽象にして精緻、象徴的でありながら即物的。日本の芸術の極みです。毛唐どもが腰を抜かしたのも当然でしょうね。構図一つとっても神です。どこの白人がマッターホルンという画題の絵で近景の橋か何かの下に遠景のマッターホルンを入れ込んでみようなんて考えますか。当時の西洋画の技法じゃ上手く行かんかったでしょうがね。近景の消失点に視線を誘導した先に遠近法を無視して見せたいもう一つの風景そのものを入れ込むコラージュ技法なんて憎い憎い。驟雨の中に書類や笠が風に舞う決定的瞬間を切り取るなんてブレッソンを100年以上先取りしています。西洋では封建時代の代表的な絵画芸術っていうと教会や王侯貴族が自分たちと自分たちの権力を示すものを自分たちと自分たちの支配体制維持のために描いてくれと頼まれて描かれたとかいうのばっかですが、日の本のこの国じゃ市井の庶民を市井の庶民が市井の庶民のために描いてたんです。ええ、この国において、芸術はいつだって私たちのものですとも。 |
| 2008年1月5日(土) 天気:ゆきはれ |
| 朝ごはんを食べているとき、少しあられがぱらついてきました。24度まで上がるとかゆった気象庁はロッカーに逃げ込んで息を潜めています。父が慌てて洗濯(実家では洗濯アイロンは父の仕事です)を取り込んでいたら止みました。今日の洗濯物は室内で干せという天からのメッセージだったのかもしれません。 午後から蒲田で初練習です。くるみ割りの組曲をやるのですが、60小節延々とdとd1のオクターブを押さえてないといかんところがあります(アラビアの踊りの前半ね)。ヴィオラでCG線の1ポジのオクターブは一番押さえにくくて疲れるので自動オクターブ押さえ機が欲しくなりました。やる度に同じこと考えてるような気もします。休憩時間に外に出たら晴れています。朝方の天気は何だったんだよう。 後半は悲愴です。最近、この曲の過剰なまでのパトスがなんだかすごくいいものに思えるようになってきました。以前はここまでやるかって思ってたその領域が今は自分の足元とツラ一になっている感じです。暗く終わることがまるでこの曲のオリジナルな特徴のように言われていますが、オペラなんて悲劇ばっかですよ。当時の西洋音楽としては暗く終わる音楽は珍しいものでも何んでもありません。交響曲が異常にアグレッシブだっただけです。オペラで悲劇だと大抵誰かが死んでうわーってところで幕になっちゃうのですが、その部分のために一楽章分用意できる分、交響曲で悲劇を描くやり方のほうがいいんだ、と言えるかもしれません。終わり方がどうなんて本当はどうでもいい。そこに至るまでの音で構築された世界が、すごい。 |
| 2008年1月6日(日) 天気:はれ |
| 高速バスのつくば線が16日にダイヤ改正されて、全体としては減便ですがほとんどが大学発着になります。夜の東京発は20分おき。うんうん、こうなると思ったよ。わはは。 ついでに平日上りは都営の浅草駅にも止まるように。これも使い勝手がよさそう。 |
| 2008年1月7日(月) 天気:あめくもり |
| 福岡の飲酒追突死亡事故の判決に対する報道などを見ながら、ハムラビ法典て案外よく出来たものだったんじゃないかなどと考えました。 |
| 2008年1月8日(火) 天気:はれ |
| すき家の店内はボーカルの曲がかかってることが多いんですが、インストの曲に替えたほうがという気がします。どうしてかというと、厨房あたりに屯ろってる店員を呼ぶのに、かなりでかい声を出さないといけくなるからです。 この手の店でのBGMは店内のざわつきを平均化し、中和することで店内が極端にうるさかったり静か過ぎたりすることによる不快感を軽減するものです。すき家でかかってるBGMは多分有線の奴で、これは時間帯ごとに何曲かのセットを繰り返し流すものです。客は上記のメリットに加えて、たまに知ってる曲がかかってて嬉しかったり気になった曲を後で調べて楽しんだりもできます。さて、客はたいてい放送内容が一巡するまでに店を出ることが多いのでいいんですが、店員のほうはのべつ同んなじ順番で同んなじ曲を何度も聴かされることになります。そうなると店員の意識は客席のほうから聞こえてくるBGMっぽい音を自動でシャットアウトしてしまうんですね。インストの曲ならインストっぽい音がオフになるだけですが、ボーカル入りの曲だとそこに言葉の意味まで聞き取るという脳の働きが加わってきますから、意識は当然、言葉を聴く部分までシャットアウトしてしまうんです。そんな状況でカウンターの端のほうから普通に「すいませーん」なんて声をかけても向こうで持ち帰り用のサラダ10皿分を補充してる店員は聞いちゃいないわけです。男性のボーカルが地声で歌ってるような曲がかかってたりすると完全に声質が混ざってしまい、周りがびっくりするような大声で喚かないと気づいてくれなくなります。店のみならず他の客にとってもあんまり好ましい状況ではない気がします。まあ、呼鈴がカウンター席(うちの最寄のすき家だと符丁はAカンです。普通のテーブル席はBカンで、そっちには無線の呼鈴があります)にもあればいいんですが(呼鈴の音は決まっているので、店員はBGMと区別して気づいてくれます)、何でか知りませんがないですねえ。 |
| 2008年1月9日(水) 天気:はれ |
| 【正論】新しい年へ 作家・曽野綾子 どこまで恵まれれば気が済む。分数の割り算が必要ないなんて寝言をほざく亜流作家の思考力の限界が露呈する小論です。々ゞ仝〃の読者のみなさまにおかれましては、この正論の思考停止ポイントをすべて指摘し、その上で「新しい年へ」と題する論説文にはどんな論理がどれだけ必要か考えていただければと思います。「論」とは誰をも納得させるためものだ、という視点を絶対に忘れないでください。 「数学的思考ができる曽野綾子」がいたら無敵だろうと思うのですが、実に残念でなりません。 |
| 2008年1月10日(木) 天気:鳥類も首を傾げる意味不明一発ギャグ日記 *r |
| 白鳥が首をひねる男 ※参考 |
| 2008年1月11日(金) 天気:くもり |
| ダイソーで「日本の車窓から」というDVDを拾ってきました。土佐くろが中村までしかないとか、やまぐち号がちょっと前のわけわからん外観の編成だとか、いつごろの収録だろう? 風呂に入りながら見てましたが、中村駅に宿毛延伸用と思われるレールが積んであるのと、SLもおか号が出てくるので95年くらいの作成かなあ?乗ったことないのは路線だと土佐くろと紀州鉄道だけですね。厳密にいうと嵯峨野観光鉄道も山陰旧線時代に乗ったっきりです(去年川下りもしたことだし、まあ大して変わらん)。列車でいえばSLやまぐち号とかもないけど本質的にはどうでもよろしい。それよりパケに出てくる山ん中走るキハ58も裏のDD51プラス50系客車も南部縦貫も全然出てこないのはどういうわけ(キハ58は北近畿タンゴ鉄道の部分で西舞鶴駅にちょびっと出てきましたが)。むしろそっち目当てで買ったのに…。北海道と九州が1路線づつだったのは遠出する予算なかったのねという感じ。 こういう鉄道風景ものの映像作品って風光明媚な路線ないし特徴ある列車を取り上げて素敵ですね乗ってみたいですね云々、という方向に行きがちなのかもしれませんが、そういう方針じたいもうありきたりなんで、これからは方向性を変えたほうがいいと思います。私好みの方向性にかんしてはNHKがたいへんすぐれた作品を沢山残しています。「風雪の鉄路」シリーズなんかすごく好きだった。単なる観光ガイドブック鉄道版ってんじゃなくて、その路線そのものの魅力を映像の形で永遠に残すような、そういう鉄道映像作品をもっと見たいです。 |
| 2008年1月12日(土) 天気:あめ |
| おいおい、夜に草加でじゃりおけの練習なのに寒いじゃないか。肩をすくめながら出かけます。曲はJ.シュトラウスものとかばっかでして、自動後打ち装置の開発を希望するものです。あまり食べずに行ったので途中でお腹空いてきました。終わったのは9時過ぎで、遅いので駅前の微分積分で唐揚げ弁当買ってホームのベンチで食べてから急行に乗ったのですが北千住についたらまだ駅そば屋がやってます。何だってかんじ。 |
| 2008年1月13日(日) 天気:今日も夜は練習 |
| しばれる中夜遅く帰ってきたら【音楽水先案内】気位高いバイオリン奏者というわけのわからないコンテンツが出ていたので余計がっくりです。この調子で「女房役のビオラ奏者」「気品あふれるチェロ奏者」「縁の下の(後略)などと楽器の分だけ続けるつもりなのでしょうが、中学生がオーボエの茂木さんの本あたりをネタにでっち上げた作文じゃないんだから、もう少し面白いことを書いてみろと言いたい。 ※自分が主役のつもりのビオラ奏者の例 そういえば東急電車が延々使い続けた車両が今日でおさらばなんで鉄男鉄女が入れ食いという記事もありました。こういうのは音楽に例えればチャイコンで1位取ったピアニストの初来日公演にミーハー音大生どもが花束持参で駆けつけてるようなもんで、実にどうでもいいことです。 |
| 2008年1月14日(月) 天気:はれ |
| 寒いです。 あかでみあに買い物に行きます。リリアン・フックスのファンタジーエチュードがIMCから出ているようなので漁りにいったんですが、まだ仕入れてないとのこと。そのうち入るそうです。仕方ないのでロッラ(息子のほう)のヴィオラのための牧歌集を買ってみました。無伴奏の曲というのは探せばいっぱいあるものです。 そのまま実家に帰ろうとすると豪州に打ち合わせに行っている兄からメールが。追加の資料が必要になったからファイルを送ってくれとのことで実家で早速HDを捜索し、巨大なパワポのファイルなどをメールします。研究のプレゼンに行ってるのだから、要りそうなものは最初から全部持っていってもらいたかったです。 |
| 2008年1月15日(火) 天気:はれ |
| 電車の中というのは勉強する場所ですが、何ですかこのコラムは。きっとこのn(どうせn<3です)文文士は電車の中で小学生が子どもらしく騒いでいたら躾がなってない勉強でもしろなどと書くに決まっているので、つまり久坂部羊は自動文章生成装置としては申し分のない性能を持っているといえるでしょう。しかし先日からこんな調子だとじきに「便所の中で本を読むな」「風呂場で鼻歌を歌うな」「湯上りに腰に手を当てて牛乳を飲むな」「凍れる晩にタオルを振り回して凍らせるな」などといった駄文の山でMSN産経のディスクスペースが埋まる日も遠くないのではと危惧します。 |
| 2008年1月16日(水) 天気:はれ |
| 寒くてかないません。 |
| 2008年1月17日(木) 天気:ゆきはれ |
| もっと積もるかと思ったんですが。 |
| 2008年1月18日(金) 天気:くもり |
| 「謙虚さを持て」NHKに苦情約300件、受信料不払いに影響懸念というヘッドラインが奇妙に見えるのは「謙虚」と「苦情」が相反するニュアンスを持つからです。苦情を言うのは構いませんが、もっと言葉を練っていただきたいと思います。「謙虚な心」「謙虚な態度」などと言えずに「さ」をつけてぼかして主張を曖昧にして誤魔化すような無責任なボキャ貧にクレームつけられるNHKが可哀想です。ああいやだいやだ。 いやな話といえばもう一つ。謝罪求めず発言「うれしい話」 高村外相。例えば「あたりまえだ」と言ってのけるなら筋が通っているのに、「うれしい」とは一体どういう了見かしら。見苦しい。今までの日本政府の対応は不本意であり不誠実だったしこれからも不誠実のまま臭いものに蓋をし続けますと言ってのけているに等しい。私が韓国大統領だったらここまで腐った対応にこそ謝罪と賠償を要求したくなる。ご覧坊や、こういうのが非国民だからね。 |
| 2008年1月19日(土) 天気:はれ |
| 夕方から草加でげねぷろです。開始時間がよくわからんかったので早めに行ったんですが、場所を間違えてたので綾瀬川沿いを歩いて移動したりします。それでも余裕がありました。暇つぶしにとしおけの譜面の弓を清書したりします。殴り書きの上からがしがし消してあったり、けすた文字筆記体という書いた本人にも読めない文字で書かれた注意書きは適宜直しておかないと後ろの人が何が書いてあるのかわからんとか騒ぎ出すのです。 |
| 2008年1月20日(日) 天気:くもり |
| 草加のばね演奏会の手伝いなわけです。自動後打ち装置を結局誰も開発してくれなかったのが疲れるというところ。 疲れたんで勉強用に「「日本のうた」歌唱法」を買ってきました。もちろん勉強するために買ったんで勉強の内容はともかくとして、そもそも、何ンでこんなにいい曲がいっぱいあるんでしょう、ということです。こんな音楽の塊みたいなのを教材として惜しげもなく全国民に歌わせるってプロジェクトだったんだよ?文部省唱歌って。信じがたいけれど本当です。こんな音楽たちを生み出し持ち続けてきた日本は世界一の音楽国家です。私たち日本人にまだ足りない唯一のものは、私たちはそもそも音楽的なのであるという自覚だけです。音楽は青い鳥みたいに、もう私たちの手元にあるんですよ。 |
| 2008年1月21日(月) 天気:はれ |
| 昨日の日本のうた歌唱法で「砂山」が本当はピョンコ節だったんで一日ぼうっとしていました。一人孤独に砂浜に座ってたはずなのに本当はみんながまわりにいた、そういう衝撃。いい曲というのは世界を構成しますが、ある曲の世界がn次元だとします。こういう新たな視点はその空間をm(m>>n)次元に拡張します。もう音楽以外のことなんてどうでもいいや。 |
| 2008年1月22日(火) 天気:はれくもり |
| ねたがないです。 |
| 2008年1月23日(水) 天気:あめ |
| ゆきってゆってたのに。雨になってしまいました。 華ちゃんの新譜を買ってきました。これ売ってなかったQ'tのWAVEは存在意義がありませんので明日閉店してください。つうかQ'tに移店してからWAVEでCD買った記憶がない。いつも買うべきものが全くないんです。部屋がCDで埋まりそうな人間が言うんだから本当に存在意義ないってことです。電車の待ち時間に暇つぶそうにも西武の5Fまで行くのは面倒なんで潰して本屋にしようよ。ついでに有機化学美術館へようこそとかも買ってきました。これも以前つくばの書店で探したときにどこでも見かけなかったんですがご当地ものの本くらい切らすんじゃない。都筑卓司が亡くなったときには物理のコーナーにポップが立つような本屋ばかりだったのに最近レベル落ちてるんじゃない?気をつけなさい。 |
| 2008年1月24日(木) 天気:かぜ |
| ラノベというジャンルがよくわからない気がしています。このよくわからない、はラノベじゃなくてジャンル、を形容しています。こういう文体でこういうストーリーでこういう出版社からこのシリーズで出てるからラノベだ、と頭ではわかるんですが、そういう知識は作品から見れば外部にあって、つまりラノベが内在的にラノベ自身を規定してるわけじゃない。より一般的にいうと、文章のジャンルわけにたいして意味を見出せません。そりゃ学術論文と2ちゃんねるの書き込みの区別はもちろんつくしつかなきゃおかしいよ?でも、そうやって区別したから何だっていうんだ。 ジャンルわけする理由がよく判らない理由はたぶん、物心つく前から本を読んでいたからだと思います。満1歳になる頃に最初の本(はとてもよい本でした)を買ってもらって以来、幼少時代は本とともにありました。読む本がなくなると歳の離れた兄の本棚を漁って中学の課題図書に手を出して読めなくてわからない漢字をニュアンスで補完する術を身につけ、幼稚園時代には大草原の小さな家やドリトル先生シリーズを読み耽り小学校に上がってからは学校がつまらないので仮病使って家に帰っては布団の中でひたすら本と戯れていました。当時の記憶の半分は読んだ本の記憶です。ほんとうに小さい頃は本が印刷されるということも知らなかったし(本当に小さい頃、手で書いてると思っていた時期を覚えています。この記憶は実際には「大草原の小さな家(文庫版じゃなくてハードカバーの奴)」とともにあります。本がどうやって作られるかさえ理解できなかったのに「大草原の小さな家」は読んでいましたし、その世界に入り浸っていました)、本を閉じている間その中の登場人物はどう過ごしているんだろう、真っ暗で可哀想に、と無駄な心配もしていました。フィクションとノンフィクションの区別なんて当然ついていませんでした。目の前にまず本が存在し、その向こうに世界(例えば現実(ノンフィクション)と創作(ノンフィクション)の分岐点)が存在していました。小学校低学年の頃、自分の一挙一投足が頭の中で文章になり、それを読みながら実際に体を動かしているように感じていた時期があります。ドッジボールしてるとドッジボールしてる情景が頭の中で本になります。「砂埃のにおいが鼻に感じられた」「ボールが○○さんに当たり、歓声が上がる」といった活字の列を目で見ている視野と関係ないもう一つの視野(頭の中のイメージ)で読みながら日常を過ごしていました。現実の本を読んでいるときだけ、意識は現実の本に集中できていました。他の人は現実世界をどう認識しているのだろう、自分のほうがおかしいのかもしれないと思ったりもしましたが、確認する手立てはありませんでした。 頭の中の本を読まなくても体は動かせるとわかり、自分で自分の感情を現実世界の文章に起こしはじめ、小さい頃は当たり前だった本との病的な(ないし通過儀礼的な)特別な関係はもう今は感じません。でも、本についてはもちろん今でも、一番わかっています。本は、文章は自分にとって自明なので、だからそれ以上、説明の必要はありません。漱石も缶ジュースの注意書きも等しく読むものであって、読む、は生きている、と同じ。皮膚感覚で理解しているとでも言いましょうか。部屋にいれば本を読み、食事に呼ばれれば例えば食卓塩の内容表示を読み(川崎という地名は食卓で知りました。専売公社の工場の住所が確か川崎市夜光3だったかと覚えています。塩化ナトリウム99%以上、炭酸マグネシウム0.4%だったっけ>当時の食卓塩)、布団の中に電気スタンドを持ち込んでテント状態にして読んで怒られたりするものです、本は。それをわざわざどっかの誰かさんたちがちまちま区別してジャンルわけして云々なんて、どうでもいいよねえ。 |
| 2008年1月25日(金) 天気:さむ |
| 昨日の日記を伏線に「ちーちゃんは悠久の向こう」を論じてみたかったんですが、Wikipediaの記事でこの作品がラノベではなく一般文芸とされていたのでわざわざ書くまでもないと気づきました。自分と同じこと感じた人が書いた記事かもしれません。ささくれ立って荒削りで寸があってなくて、それでも文学である作品はもちろん現代文学であり、純文学であって一般文芸と考えて差し支えないからです。それにしてもだ。いつから純文学は文芸の先鋒を切り開く鉄砲玉であることを止めてしまったのだ?四迷や鴎外が、多喜二が安吾が公房が泣いている。日日日というペンネームだけ取っても「くたばってしめえ」と同類項であるファンキーな若造が現在に、現実に筆で、いやキーボードで立ち向かっているさまが「ちーちゃんは悠久の向こう」だと思います。そしてこれは古来から真にすぐれた日本文学の旗手たちがつねに取り組んできた課題です。完璧に磨かれた水晶玉みたいな作品って2分眺めてればみんな飽きます。今にも崩れそうなバラックがハウルの動く城みたいにぎゃんぎゃん運動してたら、誰だって水晶玉を捨ててバラックのほうを注視するでしょう? |
| 2008年1月26日(土) 天気:はれ |
| 弦アンで足立の老人ホームへ慰問です。ぢつは明日の大田の奴のげねぷろが昼間にあったのですが、うっかりこちらを入れてしまったために泣く泣くパス。区が業者委託でやっている所で、なかなか綺麗です。入居料が安いのに設備もよく、人気のところだそうです。最初におもちゃの交響曲をやりましたが、この曲って現代人が聞いて楽しむべき曲なのかしら。いいメロディがあるわけでもなく、作りも単純すぎてクラシック音楽の評価を不当に下げています。名が知られている割に実体がしょぼいさまはまるではりまや橋のよう。これからクラシック三大がっかりと呼ぶことにしようかしらん。あと二つは何だろ。アンコールではふるさとと花をやりますが当然のように一番反応がよいです。アレンジはちょっと謎だったんですが。こういういい曲ばっかり聞かせてあげようよ〜。 明日悲愴やるというのに夜は暇なので渋谷に「ちーちゃんは悠久の向こう」を観にいきました。がらがらでしたが、まあこんなものかなってところ。オカルトというネタをこう料理するかという部分は評価できます。原作そのままのネタじゃやばすぎてこのご時勢に映画化は無理なんで、色々悩んで作ったんじゃないかしら。で、渋谷から山手線でえっちらおっちら東京に出てバス乗り場に行ったら次のが何故か夜下りに一本だけ紛れてるセンター止まり、20分待たされました。嫌がらせのつもりか。 |
| 2008年1月27日(日) いい:天気 |
| あぷり子で悲愴です。午前中はピックアップだけだったんで、やってない部分が昨日のGPでどう上がってるだろうと思いながら弾いていました。本番では指揮者が色々揺らしまくり、なかなか楽しかったです。1400人のホールに850人ほど入ったそうです。 打ち上げに行ったら川崎のオケの人がプレゼントを持ってきてたのでびっくり。回ってきたアンケートにはヴァイオリンのつもりで「Va」と書いてあるものがありました。 |
| 2008年1月28日(月) 天気:くも |
| Wikipedia等の記述を律儀に引用であることを明記して丸写しして、その下に関係するあまぞんの商品のアフェリエイト貼りつけたりしてるだけの無内容な、頭の悪いブログ系サイトを見かけることがあります。ぐぐった画面で「あれ、ここWikipediaと同じこと書いてんじゃん」と思うと必ずそうです。「Aというニュースが話題になっています(AにかんするWikipediaの記事の貼り付け)AといえばBですが(Bにかんする以下同文)…(Aに関するあまぞん)(Bに関するあまぞん)…」という構成のものも多くて、Aに関しての独自の見解を読みたい私にとってはがっくりの一言がふさわしかったりします。こういうサイトが間抜けなのは、例えばAについて知りたい人は当然Aについて検索してるわけで、だからAにかんするWikipediaの記事ももちろん読みますし、Aにかんする商品も当然検索で直接ひっかかってるわけです。その上で、もちろんWikipediaや商品関連のサイトよりページランクが下なので当然後のほうに出てくる貼り付け泥棒サイトを誰が関心をもって読むでしょう。うっかりクリックした訪問者は他人のレポートの丸写し現場を目撃したかのように気まずい思いを抱いてそそくさとそのサイトを立ち去り、そこからわざわざクリックして何か買ってあげようという人はわずかでしょう。もっと中身のある、オリジナルなことを書けばいいのに、といつも思います。グーグルのキャッシュが無駄に膨れ上がるだけで、無意味です。それにアフェリエイトで小銭稼ごうって心胆ならちょっとでも面白いこと書いてあったほうが格段に実入りがいいはずです。いやそう言うけど自分で何を書いても他人の文章意見思想のパクリにしか思えないよ難しいという人は文章修行が足りないだけです。 ちなみに上の文章は10分かからないくらいで書いてます。750字、原稿用紙2枚分です。 |
| 2008年1月29日(火) 天気:あめ |
| としおけの練習はぱーれんで、ヴィオラはまたもやお休みです。 チャイコフスキーの譜面に出てくる「piú f」の話をします。直訳すると「もっと強く」というだけなのですが、fより強いんだと考えがちな記号でもあります。例えばちゃい5の冒頭だとこれはp、piú f、mfという順で並んで出てきます。なのでちゃいこにおいてはpiú fとはつまりmpのことなのだ、などとよく言われています。本当かなと思ったんで手持ちの信頼できそうなスコアからダイナミクスだけ抜書きしてみていますが、まだよくわかりません。mpは実はどこでもいっぱい出てきています。悲愴の2楽章でmf<piú f>mf、という部分が出てくるし、どういうニュアンスを持っているのでしょう(この場合のpiú fはfとどういう関係にあるのか、ということ)。 |
| 2008年1月30日(水) 天気:はれ |
| 食堂で夕飯食べてたところNHKで、夜にライトに反射してパトカーそっくりに見える看板を取り上げていました。あれって茨城が発祥だったのか…。そこいらじゅうに立ってるんで、日本のどこでも普通にあるものだと信じていました。小さいものだと電信柱に反射材がヘルメットや襷の形に張りつけて、夜に光を当てると交通機動中の警官に見えるってのもあります。 常磐道でも使ってないバスストップの設備のところにパトカーのモックみたいのを置いてたりしてましたね。高速だとすぐ慣れちゃうんだなこれが。 |
| 2008年1月31日(木) 天気:あなたの冷凍食品は大丈夫ですか? |
| 殺虫剤が混ざっちゃった中国産餃子について石原君が独裁国家なんだからしっかりしろなどとゆったそうです。私は慎ちゃんの思想信条にコミットするつもりもありませんが、よくぞ言ってくれたというところ。 今の日本で既存のメディアでこれだけ色々とほざいても大して何も言われないのは石原君くらいですが、逆に考えると彼くらいメディアに権力を持つほどにならないとこの程度の本音や皮肉もマトモに言えないのか、と考えると日本のメディアの自主規制的言論統制体質が露になるので暗澹たる思いになります。石原君について評価できるところは目的意識をもって権力を手にしているところです。その行き着く先が他人のことも言えないただの独裁だとしても、現在の日本の無為無策な行先不明の自縄自縛よりはなんぼかマシかもしれません。 |