| 2007年3月1日(木) 天気:はれ *M(まんぼう語録) |
| 部室にて。 「けすた(ここは本名)さん、なんとかかんとかなんとかかんとかって知ってますか?」(ホントにホントにこう言った) 露頭で崖の上のほうを指差しながら、 「鳥坂さん、あれ取ってくださいあれ。えーわかりませんか、あれですよあれ」 夕食のとき、真っ赤に熾っている炭火を指差して、 「あの赤いの取ってください」 コンピュータ同好会なら「ワイルドカード」というあだ名がついていたと思います。 |
| 2007年3月2日(金) 天気:はれ *M |
| 地質班は毎年夏の初めに学校のワゴン車を借りて顧問の先生の運転で合宿を行うのですが、合宿先は東北や中部地方が多かったのです。卒業してからですが北海道に遠征したこともありました。年によっては東北などは梅雨が明けておらず、車が泥に埋まったり夜中にテン場が水没して水の中で目が覚めたりしていました。 顧問の先生の出身が宮城だったこともあって牡鹿半島にはよく行っていました。半島の一番先の町、女川での出来事です。夕食の買い出し隊がメヒカリを一山買ってきました。今はメヒカリはなんだか人気の魚みたいなんですが、その時はまだ無名の雑魚で、たんに安かったから買ってきただけだったと思います。ただの雑魚だけあって地元民の先生もいい料理法を知らず、試しにフライパンで焼いてみたところ脂が出て煙が立ちのぼり、身がやわらかいので身崩れして原型をとどめません。弄りまわしているうちにシーチキンのようになってしまいました。仕方がないのでみんなで骨だの何だのが混ざったシーチキンを突付いたわけですが、しばらく班内ではメヒカリとシーチキンが同義語でした。 |
| 2007年3月3日(土) 天気:くもり |
| 久しぶりにとしおけの合宿です。合宿に出るのが久しぶりなんじゃなくて、久しぶりに合宿を設けたのです。ALPSlab routeで裏道を紹介したらみんな使ってました。 |
| 2007年3月4日(日) 天気:あつ |
| 午前の合奏もたけなわの午前11時、突如として指揮者の携帯に設定してあった「目覚まし」が鳴り出すという事件が発生しました。 夕方まで弾きまくり、帰りは打楽器の人の車に便乗させてもらって裏道を教えたりしてから楽器庫と公民館で積み下ろしを手伝います。裏道で来たのに大物楽器積んだトラックが先に到着してました。運転手さん曰く「空飛んできたから」とのこと。今度飛び方を教えてください。 積み下ろしは他に誰もいなかったら合宿係の人にも頼むつもりだったそうなんですが、結局私の他にレンタルしたトラックの運転手さんと女性二人だけです。もちろん積み下ろしする打楽器は団の備品です。ヴィオラのトップである私としては、自分より「ヴィオラが」下手な人には楽器運搬に協力する義務があると思っています。何にせよ、自分が普段弄っている以外の楽器を触れるってのは楽しいことです。 |
| 2007年3月5日(月) 天気:日記つけ忘れ陽気 |
| といってもここんとこ寒いんですけど。 |
| 2007年3月6日(火) 天気:かぜあめ *M |
| ひょんなことから途中から地質班に入った私が最初に参加した巡検は栃木の出流鍾乳洞界隈でした。日本屈指の石灰の産地、山全部が石灰岩やドロマイトでできていて、平成に入るころまでは東武線の終点から専用線が毛細血管のように伸びていて鉄ヲタにはたまらない場所だったんですが私はこの巡検を含めても合計3回しか行っていません。鳥坂同級生はそのころから休日に東武線で葛生まで出かけてフズリナの塊(といっても全然珍しいものではなく、鉱山学的にはただの石灰岩です)を拾ってきたりしていたんですが、なぜかこのとき以降、地質班は葛生に巡検には行っていなかったと思います。近場のフィールドが筑波山麓や日立のほうに移ったことも理由のひとつでしょう。この時も後輩プラス私のための足慣らしという意味合いが強く、鍾乳洞を見学したりするのが主目的だったのでフズリナおにぎりを手に入れることはかないませんでした。ハンマーが必要なことは知っていたんで親に頼んだらただの安物の角とんかちを買ってきてくれたのですが、そんなのは缶詰か何かと同じただの軟鉄なんで石を叩けばヘッドが削れ、柄にくさびが入ってはいたもののしっかり打ち込んでなくてかわりに樹脂で固めてあるだけで、振り回していたらヘッドがすっぽ抜けたりしました。結局卒業まで自前のハンマーは持たずに学校の備品を借りて凌ぎましたが、このときはこの日曜大工用のとんかちを持ってったんです。 鍾乳洞はあまりよく覚えていません。そのへんの林道に突入して、小規模な露頭を見つけたので顧問の先生が斜面に取り付いたのを下で支えていたら浮石が降ってきてあやうく直撃するところでしたが、それで心配してくれた先生より、たいして収穫がなかったことが残念だったものです。あと、うちの学校は通学途中の買い食いも駄目というくらい校則がきびしかったんですが、「これは学校が認めた行事ではあるが、活動中は校則にかんしては基本的に何も言いません」と先生が宣言したことです。その結果巡検中に何か買って食ったりなんてのは自由でした。そのことも新鮮だったのです。もっともこの理屈だと馬券を買おうが女を買おうが自由ということになりますが、誰もそうしなかったのはたんに、山登って石叩いてるほうがずっと楽しかったからですし、その「楽しい」に基づいた先生と地質班との暗黙の信頼関係があったからでもあります。そんな信頼関係のもとにすごく楽しいことができるんだ、というのが最初の巡検の何よりの成果でした。 そんなメインキャストの一人、地質班および科学部全体の顧問の先生を紹介するのを忘れていました。なんてこった。
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| 2007年3月7日(水) 天気:はれ |
| 新宿のヨドバシに行ったらKRが売り切れていました。悲しいことです。 |
| 2007年3月8日(木) 天気:はれ *M |
| わが春風中高一貫学(偽)は物忘れ移転総合大学(仮称)の同窓会が作った学校だったので、物忘れ移転総合大学(仮称)の大学院で教育学を学ぶ学生たちが非常勤講師としてよく教えに来ていました。もちろん学部の授業で教免を取得した、れっきとした教師の資格を持った人たちですが今考えるとノリはまんま大学院生でした。普段から地学実験室に屯ろしているような地質班の面子は彼らにとっては大学の研究室に入り浸る下級生と同等の存在であって、従って地質班の面子が大学院での授業のネタとしてしばしば動員されたのは当然のことといえましょう。ゼミで発表されるビデオに「ハンマーを持った手から先」だけが出演したり、「こういう説明はわかるかな」なんて聞かれて色々答えていたら全部レポートのネタになったり色々使われていましたが、こちらとしても何かと声をかけてくれるのは嬉しかったし、もちろん嫌な気もしませんでした。そもそも、そういうのが本来の教育のありかたじゃないですか。元々国家レベルでの最高レベルの教育施設が母体であった物忘れ移転総合大学(仮称)とその同窓会立の学校のあり方として、こういうのは本望であったはずです。 そういう協力の見返りとして、授業中は結構好きなことをしていた記憶があります。例えばF先生はその頃は物忘れ移転総合大学(仮称)の院生ではありませんでしたが地学の非常勤の先生で、高1の理科Iの授業は眠いことで生徒に知られていました。私のクラスでは、少なくとも私は眠くなかったのですが。より正確には教卓の一番前に私と、その頃仲良しだった隣の女の子(仮にIとします)がいて、先生と3人で教科書の内容を肴に1時限分ずっと雑談して、それで毎週の理科Iの授業が過ぎてゆきました。F先生はその年の地質班の合宿にも参加したのですが、合宿最終日のバーベキューでナスが嫌いであることが発覚したのです。ナスが原因でひどく下痢をしたりしたことが理由だったのですが、両親の田舎が熊本だった私は早速全長50cmほどにもなる九州特産の長ナスを祖母経由で送ってもらい、学校に持っていって休み時間にそれを振りかざしてF先生を追い回したりしていました。登校してすぐに地学準備室に向かい、「これ、プレゼントです」と机に置いたときの先生の困った顔は、この歳になって思い返してみれば土下座ものでしかなかったんですが。 隣の女の子Iとはそれから、よく喋る間柄以上に親密になることはありませんでした。ナスの呪いだったのでしょうか。 |
| 2007年3月9日(金) 天気:はれ |
| さむくなってきました。 |
| 2007年3月10日(土) 天気:よくない |
| ぐうぐう寝てから午後遅く御茶ノ水に毛換えに行ったところ、明日上がりになってしまいました。暇なので夕方の中央線を四ッ谷で降りて外堀沿いにぶらぱちしながら赤坂見附の交差点まで降りていって山手線の内側なのになんか殺風景だよなーときょろきょろしているとプリンスホテルの新館はどっちか教えて欲しいとか聞かれて困りました。恐ろしい場所です。 |
| 2007年3月11日(日) 天気:あめはれ |
| 今日も天気が悪いことがわかっているので家でふて寝してからまた御茶ノ水に行きます。それから銀座のヤマハに行こうと新橋駅で降りたところで、1月から建て替えにともない仮店舗へ移転しているのを思い出し、店があった場所に出ていた地図を頼りに一丁目まで歩きます。そういえば去年の暮れから来てないのか〜と思いながら地図のとおりに四丁目交差点から曲がっていっこめだから並木通り沿いね〜とか思いながら一丁目まで行ったのですが仮店舗の影も形もありません。裏道かなと中央通りのほうに回り込んだりと散々探し回り、EZWebで銀座一丁目の3番出口という記述を発見してやっとたどり着いたら東京高速のガードが目の前という場所に。後でヤマハのサイトにある地図を見なおしてみると曲がっていっこめの道として書いてあるのは外堀通りじゃありませんか。気づくかそんなん。数寄屋橋で曲がるなら数寄屋橋ってちゃんと書けよう。 |
| 2007年3月12日(月) 天気:はれ |
| ちょっと昔のニュースで。 「青森冬まつり」初の中止 暖冬で雪集まらず。「青森暖冬祭り」にして水たまり遊びなどを行えば少しは元が取れたかもしれないのに。 |
| 2007年3月13日(火) 天気:風が冷たいの巻 |
| 練習の行き帰りが寒くて仕方ないので、今までが秋だったのだと思うことにしました。 指揮者の第一声が「落ちなくてよかったです」でした。無事着陸するまではらはらしたとのことでしたが、都市おけは社会人おけなので朝からテレビにかじりついてる人はあまりいなかったと思います。 |
| 2007年3月14日(水) 天気:はれ |
| 妹にホワイトデーのお返しを送るのを忘れていたので去年のクリスマス前に話題になっていたらしいニュースをネタにします。ヨルダン川西岸における車両襲撃事件でハマスとファタハ間の緊張高まる - パレスチナ自治区というニュースでデモの抗議プラカードに涼宮ハルヒのイラストが貼られていた話です。私はこの写真に対して何か説明する必要があるとは思わないし、この写真を見て感じた感情に言葉を与えようとも思いません。ただ、これは写真だと思います。あたりまえですって。いえ、より正確に表現しましょうか。こういうのが写真です。そしてこの写真が、現実です。報道ってこういう写真を撮って伝えるためにあるよなあ、と思います。 |
| 2007年3月15日(木) 天気:はれ |
| 新ダイヤの時刻表を買ってきました。土浦で運転系統豚切りかと思いきやそういうわけでもなく。 で、水戸と土浦の間は周知のように51.5kmなんですよ。グリーン料金って休日事前売りの場合50kmまで550円でそれ以上が750円なんですね。石岡からルート北にねじ曲げて友部で水戸線接続にした日本鉄道の担当者を問い詰めてやりたい。あんなルートのおかげで得したの友部だけじゃないか。200円返せ。…ああ、運賃も950円じゃなくて820円のオーダーになるか。 |
| 2007年3月16日(金) 天気:はれ |
| 私たち人間は発展途上のある技術を一定の方向に改良することができる能力を持っています。どういう方向かというと例えば具体的には安全性を高めるという方向にです。この改良を最も円滑に行う方法はもちろん、その技術の問題点を気がつく限り洗い出し対策を講じフィードバックしていくことです。これは人間の本能にもとづく直感的な方法であって、なおかつ論理的にその正しさを証明することができるという大変優れた資質です。例えば人類は現在、原子力という技術を持っています。原子力を扱う技術はもちろん技術なので、原子力技術の安全性を高めるためにはこの方法を適用すればいいのです。それによって安全性はどんどん高まっていきます。対偶を取れば、安全性にかんする問題点を洗い出し対策を講じる、という手法を疎かにした場合、安全性が高くなることは絶対にありません。 先日明るみになった志賀第一原発の臨界事故隠しは危険だ、と、私たちははっきり指摘することができます。安全の反対は危険ですから、安全性にかんする問題点を隠蔽することは即、原子力技術を危険なものにします。いまだ発展途上であるが故に、もしかしたら私たちが考えている以上にたいへん有望である可能性を秘めている原子力技術にとって、任意の何かを隠蔽することは絶対に禁じられるべきであると、私たちは肝に銘じる必要があります。原発が点検中に暴走しちゃったということも、変な裏マニュアルを作って手抜きをしてしまったということも、原子力はヤヴァいっぽいからとにかく何でも反対などとヒステリックに騒ぐことも、そんなのアンチ原発の扇動だと無視するのも、周辺住民や自治体にとりあえず金ばら撒いて批判を封じておこうというのも、すべて原子力技術に対しての隠蔽を含んでいますから、危険です。 私たちは原子力技術が安全でなかった場合、何がどうなるかについてはよく知っています。だとしたら、私たちは原子力技術を安全にするために、何をするべきでしょうか。この答えは隠蔽しておきますので、これを読んだあなたがここで私が行った隠蔽をまず、引き剥がしてください。 |
| 2007年3月17日(土) 天気:くもりはれゆき? |
| 朝早くから起き出してなぜか鹿島の中学校のスプリングコンサートの手伝いに行きます。霞ヶ浦南岸を通って佐原まで出れば直線距離としてはそう遠くないんですが、そのルートは朝早くはまともにバスがありません。なので水戸まで出て臨海線で行かないと予定の時間に間に合いません。茨城広すぎ。べとしちをやるのでちょっと弦が欲しいとのことで鹿島在住の友人のカルテットが出ることになったんですが、ヴィオラの人が忙しいらしくその代役です。中学のブラスの演奏会に乗る羽目になるなんて思いもしませんでしたよ。あまり大きな学校ではないようで、他校からの助っ人(顧問の前任校のブラスらしい)が結構来ていました。うちらは出番は3部だけなのでひたすら暇で、楽屋で延々とくっちゃべっていました。しかし最近の学校の吹奏楽団ってほとんど女の子しかいないんですね。本当に女15に男1くらいの割合で、スウィング・ガールズ状態です。それにしてもよくこんなのをブラスで(しかも原調で)やりますよね。サックスなんてシャープいくつ増えればいいんだ。コードが♭側に傾くと音程がよくなるという現象が発生していました。 OBの人たちと居酒屋に行ってしばらく騒いでから、今度は高速バスと高速バスで帰ります。時間が遅すぎてもう路線バスはなく、やっぱりまっすぐには帰れないのです。 |
| 2007年3月18日(日) 天気:はれ |
| どこか出かけもせず、トラ用の譜面を用意したりだけで一日を過ごします。 「赤ちゃんに付けたい名前」女子大生のランキング本。世も末な名前が多いというきがしないでもないですが、父は私を「三太郎」と名づけるつもりだったのです。由来は新聞の連載まんがの主人公じゃなくて別にあるんですが、それでも実に適当な理由だったのです。母はもうちょっとちゃんと考えた名前をつけたかったので親戚に相談して今の名前になったんですが、人生で今まで漢字も読みも同じ名前の人に直で出会ったことはないと思います(直でないなら見たことは何度もあります。読みが一緒の人は知り合いにもいました)。「▽アルファベットで書く場合を考慮すること」とありますが、うちは苗字のほうにこの問題を(特に英語圏で読まれた場合は二箇所)抱えているのでいつも悩むところです。あと、妹は留学先で名前のhとkを間違えられていました。間違えられていたほうが外人としては日本の人の名前っぽく思えるはずです。 名前ランキングに「 「昭」さんが昭和に入ってからとか、「平」「和」のつく名は団塊世代が多いとか、そういう調査をしたほうが有意義そう。 |
| 2007年3月19日(月) 天気:はれ *r |
| 指に足りない一寸法師 小さな体に大きな望み ビガーパンツにバイアグラ 姫のお供に(以下自粛) 桃太郎さん桃太郎さん お腰に下げた黍団子 一つわたしが舐めたいな やりましょうやりましょう(以下自粛) |
| 2007年3月20日(火) 天気:はれ *f |
| I |
| 2007年3月21日(水) 天気:あめ *f(ほんとうは晴れていました) |
| II |
| 2007年3月22日(木) 天気:あめ *f(夕方本当に雷雨でした) |
| III |
| 2007年3月23日(金) 天気:あめゆき *f |
| IV |
| 2007年3月24日(土) 天気:ゆき *f(本当は曇り) |
| V |
| 2007年3月25日(日) 天気:ゆき *f(本当は結構な雨) |
| VI |
| 2007年3月26日(月) 天気:ゆき *f(本当ははれ) |
| VII |
| 2007年3月27日(火) 天気:ゆき *f(本当ははれ) |
| VIII |
| 2007年3月28日(水) 天気:ゆき *f(本当ははれ) |
| IX |
| 2007年3月29日(木) 天気:あめ *f(本当ははれ) |
| X |
| 2007年3月30日(金) 天気:はげ *f(本当はくもり) |
| XI |
| 2007年3月31日(土) 天気:みぞれ *f(本当はくもり) |
| XII |