| 2007年2月1日(木) 転機:はれ |
| 裁判員制度 「参加したくない」8割 内閣府調査。「12人の浮かれる男(筒井康隆)」を必読書にすれば問題ありません(まて しかし国民というのはかたや裁判が見えにくいと文句を言いそのくせ自分では裁判に参加したくないと文句を言い、実に豚ですな。ただただ周囲に流され人畜無害な一生を送るために生まれてきたわけではないだろうに。私が選ばれたら親が危篤とかいう場合を除いて喜んで参加したいものです。いや別に浮かれたいわけではなくってよ。司法権というのは国家がふりかざす権力であり、国家の主体は私たち国民であるのだから、人を裁く権力を持っているのは国民です。誰かを死刑にしたり無罪にしたりするのは裁判官じゃなくて、私たちです。上の記事で敬遠の理由として「被告人の運命を決める責任を重く感じる」が最も多かったらしいですが、あんたたちは普段そういう役目を裁判官に押し付けて高見の見物してんだよ。それで何かあると裁判官の世間知らずだの判決文書きマシンだの揶揄しておきながら自分は嫌だなんて、口が腐ると思うよ。水道の蛇口から水が出てくるのを見て蛇口が水を作ってるのだと勘違いして蛇口に文句を言うのはいい加減にしましょうや。 |
| 2007年2月2日(金) 天気:はれ |
| ええと、今年(平成19年)を代表する単語は「集団ヒステリー」になります。よろしいでしょうか。不二家、あるある、産む機械…。一年の1/12が終わった時点ですでに明白です。 ここ半年ほどの日本はもはやこっくりさんに熱中する女子中学生であって、ひらがなが描かれた紙きれの上を動く十円玉だか五円玉だかは誰かが正論を吐いたところでとても止まりそうにありません。きっと手遅れだと思います。全員がこっくりさんに憑依されて泡を吹いて失神しPTA(きっとアメリカとか中国とか)が目を三角にして怒鳴り込んでくるまで暴走は止まらないでしょう。レギオンに取り憑かれた豚みたいに崖から落ちて全滅する可能性もきわめて高いですね。だから私にできるのは自分が参加しているこっくりさんに「かえるぴょこぴょこみぴょこぴょこ」などと馬鹿を喋らせることくらいです。 |
| 2007年2月3日(土) 天気:はれ |
近所の梅の木を定点観測にいきます。![]() |
| 2007年2月4日(日) 天気:はれ |
| 大井川鐵道にいってました。16年ぶりです。家山、田野口、崎平で川根路号などをちまちまと狙ってみます。三脚まで担いでいったのにほとんど使わず、ロケ移動中の邪魔になっただけでした。三脚くくりつけられるカメラバッグないかしら。 |
| 2007年2月5日(月) 天気:はれ |
| 音大生なら聴いておきたい100曲について一部で色々語られているようなんですが、このリストじたいに対してあまり語ろうというきにはなりません。「音楽関係者が教養として知っておくとよい」と「よく耳にする曲だから知っておかないと恥をかく」と「クラシック(聴取)オタクなら知ってないと馬鹿にされる」と「いい曲」と「自分が好きな曲」と「自分にとって欠かせない曲」と…。あたりまえのことながらみんな違いますよね。このリストは「音楽関係者が教養として知っておくとよい」というある目的のための曲リストとして過不足ないと思います。この中で知らないのはまずレナルド・アーンってこんど探して聞いてみます。このリストを見たことで興味がわいてきました。他に聞いたこともない曲はファニー・メンデルスゾーン(フェリックスのお姉ちゃんだね)の庭園の歌以外は全部プレ〜前期バロックで、合計10曲でした。私はそのへんの時代の勉強が不足してるんで、それを勘案すれば実に妥当なリストです。ただどんな人にとっても知っておいてほしいのは、音楽はこのリストにあげられた曲だけじゃないってことです。このリストと、あなたが思い描いた、この目的のための楽曲のリストとの差が、あなたの音楽の傾向がどれだけ標準から逸脱しているかを示すバロメータになる、とはいえるでしょう。もちろん逸脱していたからといってあなたが間違っているわけでも、このリストが間違っているわけでもありません。音楽に正解なんてあってたまるか、というだけの話です。 |
| 2007年2月6日(火) 天気:洗濯干してるんでね |
| 「硫黄島」の狂気…問い続けた「なぜ?」 日系人脚本家。アイリス・ヤマシタの「なぜ」と問いかける視点はすなわち映画中で、すなわち実際に栗林中将が取っていた視点と同じだったので、だから描けたんです。記事中で「どのような視点を取るかによってがらりと内容が変わる「戦争」という題材にもかかわらず」とありますが、これはほんとうは正しくない。唯一、揺るがない視点というのが実際には存在して、それは彼女が「硫黄島からの手紙」(私はアメリカ製映画は邦題じゃなくて原題で書くのが好きなんですが、この映画に対しては、自明な理由から「硫黄島からの手紙」と書きます)において取った、問いかけつづける視点です。そう、これ以外のいかなる視点に立っても、ほんとうはけして何ものをも描くことはできない、と断言していい。この映画を年末に観てから今まで語る機会がありませんでしたが、今ここで書いておきます。「硫黄島からの手紙」は、映画という表現手段による、残酷で色褪せた絶望的なこの世界に対する、正面突破です。その正面突破の絶対的な成功は、この映画を観れば自明です。 |
| 2007年2月7日(水) 天気:はれ |
| てます。 |
| 2007年2月8日(木) 天気:はれ |
| が続きます。 |
| 2007年2月9日(金) 天気:はれ |
| 去年の9月終わりに熊本に行きましたが、それから「遠く」に出かけてません。先週大井川に行ったのはまだ遠くってほどじゃないです。なので3連休パスを買ってきました。どこ行こうか決めてませんが、花輪線とかどうかな。 |
| 2007年2月10日(土) 天気:はれ |
| 三連休パスの適用範囲を眺めているうちに行けるところまで行かないとあかんだろうという結論に達したので函館まで行くことにしました。もちろん、行くべきところを寄り道してからです。 津軽の先っちょについたのはもう夕方です。11年前に18きっぷ使ってMLえちごから継いで最初に来たときと、同じ列車です(時間は多少変わってるはず)。列車はわずか一日5本なのにちゃんと駅員さんもいて券売機もあって、待合室では折り返しの時間まで私を含めた乗り鉄の連中が思い思いに時間をつぶしているだけです。出口の上には太宰の「津軽」の一節が掲げられています。「諸君が北に向つて歩いてゐる時、その路をどこまでも、さかのぼり、さかのぼり行けば、必ずこの外ヶ浜街道に到り、路がいよいよ狭くなり、さらにさかのぼれば、すぽりとこの鶏小舎に似た不思議な世界に落ち込み、そこに於いて諸君の路は全く尽きるのである。」の一節です。下北半島とかはどうなんだよという突っ込みはともかくとして、これは私が大好きな一節です。だって、今でも実際に東京から新幹線と接続する特急を北にどこまでもさかのぼり、津軽半島のなかばでローカル線に乗り換えてさらにさかのぼり行けばこの、窓口の脇に外が浜町の福祉ニュースが積んであって待合室にストーブがちろちろと燃えている小さな駅に落ち込み、そこから先は竜飛岬行の町営バスが発車を待っているだけなのですから。三厩にくるのはこれで3回目ですが、折り返しの列車までの数十分間に存分に三厩分を吸収して、蟹田まで戻ってから最終の列車で函館に行きます。事前に時刻表で予習してあるとはいえ、山手線から中央線に乗り換えるような足取りでここまで来てしまうことができるようになってしまいました。いつもと同じように電車を乗り継ぎ、乗り継いでいけば必ず津軽線に到り、ずぼりと三厩に。太宰の頃と違うのは折り返しの列車に乗って2時間ちょっとで函館まで到けることくらいです。 |
| 2007年2月11日(日) 天気:はれゆき |
| 朝から赤レンガあたりを歩き回り、これまでただ通過するだけのことが多かった函館の町を味わってみることにします。函館山頂でRVP100からKRに詰め替えたとたん吹雪いてきました。明日は北東北で撮り鉄しようと思ったんですが、谷地頭で茶色いお湯に漬かっているうちになんだかとても面倒くさくなってしまったんでもっと函館分に浸ることにします。それからもいっかい湯の川温泉に行って熱いお湯に辟易したりします。なんであんなに熱いのよ…。 |
| 2007年2月12日(月) 天気:はれゆき |
| 1986年8月中旬、函館発山線経由札幌行特急「北海1号」。10月のダイヤ改正で函館山線経由の優等列車は全廃され、室蘭本線経由に一本化されることが決まっています。早朝の函館駅は東室蘭回りの北斗1号、ついで山線経由の北海1号が踵を接して発車するダイヤです。眠い目をこすりながら夜行便の青函連絡線から乗り継いだ乗客たちを乗せたそんなキハ82系列車はあとわずかのお勤めを果たすために函館平野の背後を固める山々にとり付き、峠下トンネルをくぐって大沼/小沼の湖岸に飛び出します。特徴ある駒ケ岳のシルエットが朝の光の中に浮かび上がります。勾配をよじ上るディーゼルエンジンの単調な響きにうつらうつらしていたうだつの上がらなそうな高校生がふいに訪れた車窓の光に目を開き、彼は窓にかじりついたまま、早朝の青い光に浮かび上がる駒ケ岳のシルエットをただ眺めていました。そんな彼が20年と半年経ったある冬の朝、函館駅そばのビジネスホテルで目を覚ましたときに今日は大沼まで行こう、と考えたのは当然のことです。 というわけで今日は駅で近距離切符を買い、大沼公園まで。道南とはいえ、貸自転車が使える陽気だとは思いませんでした。それでも限界に近い寒さのなか(毛糸の帽子があればよかった…)白鳥だの何だのを撮りまくり、昼すぎの「白鳥」から乗り継いであとは帰るだけです。 ![]() ![]() |
| 2007年2月13日(火) 天気:はれ |
| おけの練習の出席率が悪いのはどうかと思います。 |
| 2007年2月14日(水) 天気:あめ |
| 忘れ物で“罰ゲーム” 生徒同士の平手打ちを教師が容認。「内心やるべきでないと思ったが、クラスの雰囲気に押されて止められなかった」と言っているそうですが、クラスの雰囲気に流されるようでは教師失格です。そうでなかったとしても悪事を手下にやらせてのうのうとあぐらをかく悪徳政治家のようで気分が悪い話ですが。この教師が自分で平手打ちかましたのであれば私は別に問題は感じないです。 みたいな事件がてんこもりで気分が悪いというのに今日はバン・アレン帯の誕生日であって、世間一般のいわゆる老若男女と呼ばれる人たちが少しだけ幸せを感じていい日なのだそうです。脳軟化症も大概にしろといいたい。チョコ買う金があったら救世軍にでも寄付しろ。レシピ集買う金があったら岩波文庫の一冊でも買え。義理チョコで愛想振りまく暇があったら上役の仕事を少しでも手伝ったらどうだ。昭和21年の今日、進駐軍のバレンタイン少佐が飢えた子供たちにチョコレートを配ったときの慈愛の精神を少しでも思い出してほしいです。 追記。平手打ちされた程度で生徒が忘れ物しなくなるとは思えないんで、体罰かどうかなんてのはほんとうはどうでもいいんです。そうですね、私がこのクラスの生徒だったら、女の子に平手打ちしてもらいたくてわざと忘れ物したかもしれないですね。自分の中学の頃を思い出してみます。バレンタインデーに義理チョコも貰えないような、普段百葉箱に張り付いて気象通報聞いて天気図書いてるのが楽しいみたいな変人男子が、クラスの気の強い女の子から平手打ち食らわせてもらえるなんて。実はかなり嬉しいことかもしれませんよ。けすたが出た中学では月一で漢字テストがあって、採点は隣同士で行うことになっていました。その頃隣の席にいたのは努力して優等生してる子だったんで、その子をなんとか呆れさせてみようと漢字テストであり得ない答え(わざと旧字体で書いてみるとか)を書いたりしていたんですが、わかってもらえませんでした。 |
| 2007年2月15日(木) 天気:はれ |
| いじめの動機、「無抵抗」が断トツ。ということで、「やられたらやり返せ」がいじめ防止に一番効果があるきがします。より正確には、自分の子供がちょっと何かされただけで怒鳴り込むような馬鹿親を全員シベリア送りにするとよいのです。そういう親の子はつけ上がるんで、弱いものいじめをするんです。「それでも、子供に何かされたら自分が怒るよなあ」と思うあなたはだから今すぐ自発的にシベリアでツンドラを開墾してきていただきたい。親失格ですから。私も散々いじめられたくちですが、うちの親は「くやしかったらやり返せばいい」としか言わなかったからね。それは暴力の連鎖を生むだけですって。大丈夫、ガキの喧嘩なんて3日で止むから。もし3日で止まなかったら、警察なり何なり、公平な立場にある何かに介入してもらえばいいだけです。こういう線引きは絶対に必要です。PTA内で合意が取れればなおよい。そして逆に、その枠の中では、まず子供たちで解決させるべきです。 夕方食堂に納豆定食(納豆卵ごはん漬物に味噌汁という和食の粋です)食べにいったらたかちほが漁船伸してしまった事件についてテレビが騒いでました。テレビの中の人たちは、馬鹿と呼ぶと本当の馬鹿に失礼なくらい最低の馬鹿なので、必要なのは海上交通の安全確保をどこまでどうするべきかという議論であってフェリー会社一社を叩いて自分たちだけが悦に入ることではない、というあたりまえに気づかないのです。事件の直接の関係者以外の人間で、今の段階でもうマルエーフェリーには乗らない、なんて思った人は日向灘で沈んでください。海運業界が不況のなかで(景気回復基調にあるなんて大本営発表ですからね)どういう状況に置かれてるのか、そして日本が今どれだけ海運に依存しているか。たかちほが就航している国内航路だろうが外国航路だろうが一緒です。だから「大きな船って危ないんだ」と思ったあなたは明日から飯も食うな。服も着るな。暖房も使うな。みんな大きな船であなたのところに運ばれてきたものだ。多分あなたが望む安全性を完璧に確保したらあなたはそれらの品々に、つまり輸送費にたぶん今の数十倍の金額を払わないといけないはずだ。ガソリンがリッター5000円に吉牛一杯が一万円になる、そんな世の中をあなたは望むのか。生産手段と輸送手段を散々搾取しておきながらこれ以上何かを批判できるなんて思うなよ。そうそう、同じことはマグロに対しても言えるからね。幸吉丸があの条件で当て逃げされずに済むためには安全確保のために船や人件費や陸上設備にどれだけ投資が必要か考えてみろ。その投資はマグロの市場価格の暴騰としてあなたにはね返ってくるんだからね。中落ち100グラムで万札が飛ぶかもしれない。より正確には、あなたはマグロを食えなくなる。漁獲割り当て削減とか騒ぐ以前の問題だ。 もちろん食料をはじめとする日用品の価格がそんなことになったら日本は崩壊するけど、最も楽観的に考えてもいつかのドイツのようなネオナチもどきの極右の台頭とそれが引き起こす禍根が想定されるだけだけれど、だからこの事件についてマスコミが正義漢ぶって、こんな事件でもなければ名前も知らなかったであろう貨物フェリーにヘリ飛ばして追っかけてみたりする行為は日本を崩壊させる。あなたがテレビを見る際には、ゲッペルズも平伏するようなプロパガンダを見せつけられているだけだということにいつも注意していてほしい。つい最近テレビの非国民っぷりのせいでとんだ目にあった納豆をいつものようにごはんにかけておいしくいただきながら、そんなことを考えました。大豆の生産を外国に頼っている納豆や味噌と飼料がほぼ100%輸入である鶏卵とどこで採れたかわかったもんじゃないキュウリを国産じゃないかもしれない塩で漬けた漬物と石油がなかったら暖房しながらビニールハウスで苗床用意することもできないしもちろん田植え機もコンバインも動かせない米をわずか250円で喰らっていたのです。 |
| 2007年2月16日(金) 天気:はれ |
| 風に乗ってきたチップス先生 |
| 2007年2月17日(土) 天気:くもりあめ |
| ドリトル先生放浪記 |
| 2007年2月18日(日) 天気:あめはれ |
| 桃の中から生まれたときは指に足りないほどの大きさだった金太郎ですが、すくすくと成長して今では熊を相手にアフガン航空相撲の稽古をする毎日です。「金太(郎)、負けるな」猿が応援します。「金太(郎)、負けが多い」スコアボードを眺めながら鼠がつぶやきます。いい汗を流してから金太郎は家に帰り、マスカットをナイフで切っているおばあさんに言いました。「おらあ、偉くなりたいんだ。旅さ、出させてくんろ」おじいさんとおばあさんは悲しみましたが、金太郎のためにきびだんごを握ってやり、盛大に送り出しました。お椀を改造した舟で川を下りはじめた金太郎が海岸まで到達しますと、向こうで子供たちが鬼をいじめています。「これこれ、弱いものいじめをするでない」金太郎はそう言って子供たちにきびだんごを振舞います。子供たちは金太郎の手下となり、鬼の先導で一行は竜宮城へと向かいます。竜宮城のお姫さまは金太郎をたいそう気に入り、従者としてどこに行くにも連れていったのでした。お姫さまが中学の修学旅行で京都に行った際も京の五条で橋の端を箸を持って走るなどの活躍を見せた金太郎も東京都特許許可局でフルーツジュースを抽出したりしているうちにいつしか年老い、ついに里に帰る日がきました。すっかり老婆になってしまったお姫さまは言います。「この大きな玉手箱と小さな玉手箱、どちらか好きなほうを持っていきなさい」金太郎は慎ましやかな性格だったので小さな玉手箱を選び、故郷に帰る途中、六体の地蔵さまの脇を通りがかりました。金太郎は持っていた笠を地蔵さまにかぶせてあげ、故郷の村に帰って玉手箱を開けてみるとぼふっという白煙とともに金太郎も白髪のおじいさん、と思いきや、元からもう老人だった金太郎にとっては後頭部の毛が何本か抜けただけで済んだということです。何、地蔵さまはどうなったですって。6体の地蔵さまはその後金太郎のもとを訪れ、彼ら7人は野武士の襲撃から寒村イストラカンを守るのですが、それはまた別の話。 |
| 2007年2月19日(月) 天気:はれ |
| 君は牛を二頭持っている。 君は牛を二頭持っている。厚労省は他の誰かが持っている牛から異常プリオンを検出し、あなたの牛を二頭とも殺処分する。 君は牛を二頭持っている。米国政府は一頭の脊柱を日本向け輸出分に混入させ、もう一頭も輸出しようとする。 君は牛を二頭持っている。一頭の乳は工場のタンク内で消費期限切れになり、もう一頭の乳は製菓会社の冷蔵庫で消費期限切れになる。 君は牛を二頭持っている。君は一頭を売り払って吉野家で豚丼を食い、もう一頭も売り払って復活牛丼を食う。 君は牛を二頭持っている。二頭の牛は乳も出ないほど痩せ細っている。牛小屋はミサイルで破壊された。 君は牛を二頭持っていた。湾岸戦争の後ではそれが一頭になった。今は何も持っていない。 君は牛を二頭持っていた。一頭は買ってすぐにマザーボードがいかれた。もう一頭は国内のサポートが切れたときに売り払ってしまった。 君は牛を二頭持っていた。 |
| 2007年2月20日(火) 天気:くもりあめ |
| nを有限カーディナルとして、君は牛をn頭持っている。(数学バージョン) |
| 2007年2月21日(水) 天気:はれ |
| 昨日の練習は弦セク練(弦分)でしたが、いつものH先生が体調不良とのことでかわりのU先生。H先生が肩当てなしで弾いてるのでついでに構え方見てもらおうと思ってたんですが残念。そのかわりU先生はヴィオラの人なのでヴィオラ側から色々見てもらえました。 |
| 2007年2月22日(木) 天気:はれくもりあめ |
| 先々週のモノクロの分のフィルム現像をやっつけました。TMYが二本あったんですが、これまでのT-Max現像液を止めて他のフィルムと同じXTOL1:1希釈で。うーん線が細くて悪くないんじゃない。T-Max現像液以外だと相性が悪いような話ばかり聞いてきたんですが、まあそうだな、プリントしてみないとわからんか。 |
| 2007年2月23日(金) 天気:あめ *M |
| 私が中高一貫の学校でのんびりとした6年間を送っていた頃のことです。当時の部活の「班長」は比喩的表現において、究極超人あ〜るの鳥坂先輩でした。正確には先輩ではなくて同級生だったんですが、この「班長」という呼び名については少し説明を要します。部の正式名称は「科学部」で、その中に「無線班」「天文班」「地質班」「生物班」が存在していました。かつては「化学班」「物理班」も存在していたはずなのですが、片方は実験器具の扱いがあまりに乱暴なため、もう片方は誰も入る人がいなくて廃部、もとい廃班になっていました。鳥坂同級生はそんな地質班の班長で、私も地質班だったってわけです。班同士のかけ持ちは自由でしたが、それでも同じ部とは思えないほどに毛色が違っていたものです。アマチュア無線マニアの化学の主任の先生のもと化学準備室を牙城にし、「コンピュータ同好会」と同化しつつあった無線班、地質班と同じ地学実験室が活動場所でありながらお星様を夢見る女の子とほとんど写真部然としたカメラ小僧から構成され、文化祭での恒例の出し物であるプラネタリウムが毎年高評価であった天文班、生物実験室だけ別棟だったために活動場所がかぶらず、何をやっているかよくわからなかった生物班。そして我が地質班は「ドキッ!男だらけの山岳同好会with地質調査」という表現がぴったりだったように思います。 鳥坂同級生は実は幼稚園の時からの知り合いでした。親同士が仲良かったこともあり、小学校では学区が違ったものの同じ中学を受験してまた一緒になったという腐れ縁です。彼の親が公文式の教室をやっていてそこに通っていたこともあり、小学校時代も腐れ縁は続きました。たいてい鳥坂同級生が極悪なことを提案し嫌と言えずに乗せられてひどい目にあうのが若干約一名、という構図です。当時は近所に残っていた林が絶好のフィールドでした。帰りが遅くなって親が捜しにくるなんてのは日常茶飯事で、ビニール袋一杯にキイチゴの実を集めて彼の家の冷蔵庫に放り込み、汁がにじみ出して牛乳から何からみんなキイチゴ風味になって怒られたり、近所の空き地にドラッグストアができるというので団地の反対派がビラを配っているのを見て真似して手書きのビラを書きまくって窓から投下して近所からクレームがきて怒られたり、ロクなことはしませんでしたがみんな鳥坂同級生が言い出しっぺですからね。そんな小学生の彼は早熟にもしだいに地質に関心を持つようになっていったのですが、じきに中学に入った彼が当然のように科学部地質班(という言い方が正式名称でした)に入ったとき、当時の地質班のメンバーは卒業を控えた5年、6年生(中高一貫なので、例えば高校2年生はたんに5年生と呼ばれます。)ばかりで、班存亡の危機にさらされていました。このままでは科学部が天文部になってしまう。そういう動きがあったのかどうか知りませんが、翌年、2年生(中2ですね)のときに私がふとしたきっかけで地質班に入ってしまったとき、鳥坂同級生は弱冠2年生(つまり、高校3年生までいる中の中学2年生)にしてすでに科学部の運営の一翼を担う地質班の班長で、その肩書きは彼が6年生になって下級生にその地位を譲るまで変わりませんでした。 今でも、折にふれて鳥坂同級生のことを思い出します。なので日記のネタがないときは、鳥坂同級生とそれを取り巻く連中のエピソードを紹介していくことにします。符丁は「*M」にします。今日はメインキャストの紹介です。
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| 2007年2月24日(土) 天気:はれ |
| 筑波山梅林に行ってきました。家から筑波山口行の路線バスに乗るとやがて筑波山の巨大な山躯が近づいてきます。麓から咲き誇る梅林が見えることに今さら気づきました。神社行のバスに乗り換えて梅林に到くとあたりまえですがそこらじゅう梅の木てんこもりで、何をどう撮っていいか迷ってしまったり。梅の木ってふつう畑の隅とか庭とかにぽっ、ぽっと生えてるもので、あたり一面梅の花ってのはどこにレンズを向けていいのか困ってしまいます。 リバーサルは去年の余りのフォルティアとKRを同時に使ってみました。どんな色味で上がってくるか、みしのたくかにと。そういえば明らかにフィルムカメラという人は見当たりませんでしたね。初老のグループの人たちが集合写真を撮りたがっていたのでシャッター押してあげたんですが、それはキヤノンAV-1でした。他はみんなデジだったと思います。 |
| 2007年2月25日(日) 天気:はれ |
| 今日は上信電鉄に。出るのが遅かったこともあり、ちっくりちっくり途中下車しながら上州福島まで。高崎商大で英検があってたので車内は高校生でにぎわい、普段は無人駅の商大前の駅には駅員さんが出張っていました。走ってくる車両も面白いし駅も雰囲気があるし、なかなか楽しかったです。 |
| 2007年2月26日(月) 天気:はれ |
| 「リパブリック賛歌」を完全に日本語に訳すと「共和国賛歌」となるので気をつけよう。 |
| 2007年2月27日(火) 天気:はれ |
| 大宝駅に交換設備新設ですって。一昨年には農機具小屋みたいな駅だったのに、変わるものです。 |
| 2007年2月28日(水) 天気:はれ |
| 昨日は小野川でパート練習でしたが、結局3人だけでした。最近自転車で夜道を飛ばすのがめんどくさいサイ病にかかっているのでタクシー使って行きましたが、運ちゃんが「この前ばあさんを乗せて行こうとしたら途中で迷った」と言っていました。「道は分かるから」というので言うとおりに行ったところとんでもない山ん中(このへんでは平地の森であっても山って言います。北関東方言です)に連れてかれて往生したとのこと。「ばあさんの『分かる』ほどあてにならんもんはねえ」という話で盛り上がりました。もちろん迷うこともなくあっさり到着。 実は土曜日に梅林の茶店でお釣りに500円札を貰ったのです。面白いので練習の合間に見せびらかしていたんですが「妙に新しい、北朝鮮の偽札なんじゃないか」なんて声も。でも500円ですよいくらなんでもそんなのセコすぎますよ、かの国のことだから印刷代のほうが高くつきますってば。 |