| 2004年7月1日(木) 天気:はれ |
| エマーソンのフーガの技法。テノールヴィオラいいなぁ。ヴィオラって本来こういう音の楽器だったはず。 エマーソンってベートーヴェンとかもっと後の曲に関しては上手いだけでつまんないんで好きじゃないんですけど、バッハくらいになるとこうやって没個性にひたすら正確にたったか弾き飛ばすやり方はいいみたいです。もっともマーラーがロマン派こてこてに編曲しようが山下洋輔がいじり倒そうがバッハはバッハなわけですが、バッハ自身が言ったとされる「書かれた通りに弾けばいいじゃないか」というのはこういうことかとも思わせます。 |
| 2004年7月2日(金) 天気:はれ |
| 「スリピッシュ-ひとり歩きの姫君-(後編)」。登場人物のリリアン女学園度が微妙に増してるような。筆が伝染っちゃったかな。いや、山百合会幹部なみの個性的な登場人物がわらわら出てきたおかげでメインキャラが祐巳ちゃん化せざるを得なかっただけかもしれません。 |
| 2004年7月3日(土) 天気:はれとかくもりとか |
| そぞろ神の欲求不満が精神衛生に非常によろしくなくなってきたので切込・刈込湖に行ってきました。光徳温泉→45min.→山王峠→15m→涸沼→40m→刈込湖→30m→小峠→20m→湯元。多少飛ばしたのでコースタイムはあてにしないでください。湯元まで降りてはじめて湖近辺で写真を一枚も撮ってないことに気づいたんですがなんか山奥にあるという以外に何の取り柄もないただの水溜りだったんで別にいいですよね。流出河川がないとやっぱり澱むのねというかんじ。アオコとか浮いてなかったのはたんに水温が低いからだろうと思います。涸沼の方がうわあこんなところあるんだ、という感じでよかったです。あと小峠の風景が気に入ったのと、山王峠の直前に鹿がいたことくらいかしら。で、あんよのゆは湯元のバスのりばの通りにあったものです。まだ陽があるうちに浅草に戻ってこれたので銀座のヤマハで楽譜を物色して新橋の1000円床屋に行って帰ってきました。 |
| 2004年7月4日(日) 天気:はれ |
| 朝から某土浦なんとかかんとかの練習に出撃、午後おそくからはスケジュールがお釜掘ってた都市オケの練習です。spilocorのStarkのA線は切れるときは結構派手な音を立てて切れるということがわかりました。ちょっとびっくり。 帰ってからasahi.comをチェックしたら皇太子さま、日韓友好音楽会でビオラ演奏 OB定演にもだそうで。「珍しい一日2つの掛け持ち出演となった」だそうですがそれ私でも経験あるくらいですんでそんなに珍しくありません。プロの人ならトリプルヘッダーくらいはざらだと思います。皇太子殿下はプロじゃないでしょうって。チョン・ミュンフンと競演できるくらいの方は普通プロなのではないでしょうか。 |
| 2004年7月5日(月) 天気:くもり |
| 先日バスを待っていたときにバス停にいたカップルの会話を紹介するのを忘れていました。 男(走ってくる車を見て)「あ、三菱だ」 女「あ、ほんとだ」 男「燃えそう」 女「やっぱ燃えるんだろうね」 男「パジェロとか超燃えそうじゃん」 女「そうだね」 |
| 2004年7月6日(火) 天気:はれ |
| 正解は「第三軌条方式だった」です。 で、google:defend 口頭試問して見つけたフィンランドにおける Ph.D. Defence。なんつーか、そこまでやんないと学問ってたぶん駄目なんだろうな。 |
| 2004年7月7日(水) 天気:はれ |
| 住基カード:発行枚数わずか25万枚 普及は計画倒れ(セキュリティホール memoより)。こんだけ少ないと逆に持ってみたくなります。今度作ってみようかな。身分証明が必要な場面でじゃんじゃん見せびらかしてやるのです。 |
| 2004年7月8日(木) 天気:あつい |
| おめでとうございます。びっくりしました(ぉぃ |
| 2004年7月9日(金) 天気:はれ |
| 電車男がasahi.comのネタになるご時世なので、「全射男」という意味不明文字列を書き逃げしておきます。 夜は実家に。英会話の先生してるイギリス人が遊びにきていて、久しぶりに英語が母国語の人と英語で喋れました(普段は中国人やドイツ人と英語で喋っている)。ああ、ネイティブってこういう感じで喋るのねみたいな。逆に考えると、「言葉の壁」というバイアスを世界レベルでもう少し平等にするためにはエスペラントとかの方が多分いいですよね。 |
| 2004年7月10日(土) 天気:はれ |
| 「展覧会の絵」リハーサル中に地震がありました。ちょうどイントロの終りの方、GNOMUSに入る直前でがたがた揺れたので、棒が止まったときに指揮者が「地底から小人が出てきました」とかなんとかゆってました。 |
| 2004年7月11日(日) 天気:いい |
| なんとかかんとか交響楽団の打ち上げの出欠確認&集金はなぜか伝統的に、ヴィオラパートの名物常トラであらせられる某さんが行うことになっています。某さんがいないと打ち上げが始まらずしかも盛り上がらない、と言われています。打ち上げのために毎回常トラで呼んでいる、とも言われています。もちろん演奏にかんしても申し分ない方であり、私などはいつも見習わせていただいております。なんたって隣で弾いてると恐(以下保身のため略) 某さんは今回は前日に別の本番があるとのことで乗っていませんでした。そしたら同じパートの常トラということでかわりに打ち上げの受付をさせられてしまいました。別にいいんですが、久しぶりにそういう事務仕事をやった気がします。補佐、というか半分以上押しつけてしまってすみません>別のパートのMさん。というわけで、いつか貸しは返してもらいますのでよろしくお願いします>某さん |
| 2004年7月12日(月) 天気:くもり |
| なんてマニアックな…(冬に逆戻り) うう、山下洋輔がノバに来る日に都市オケの合宿だった…。何かあったような気がしつつあやうくチケット買うところだったよ。何度もノバには来てるのに一度も行けず終い。合宿さぼっちゃおうかな。 |
| 2004年7月13日(火) 天気:はれ |
| 雲量からすれば曇りだけど雲を通して陽は照ってるしあついからはれでいいよもう。ったくこのくそ天気が。もう勝手にしやがれでも飛行機だけは勘弁な<意味不明 先日の山陰線の県内投票率が50.07%で全国最低とさすが常磐線クオリティってかんじなんですが、もし私が選挙に行かないことがあれば(今回はもちろん期日前投票しました)、それは私じしんが「政治がどうなっても構わないと思った」ということを意味するでしょう。政治家は腐敗し放題国庫は赤字たれ流し放題国民は拉致されまくり年金は貰えず消費税は数十%になり個人情報は監視され輸入CDは買えなくなり資源は盗られまくり天気予報は相変わらず当たらず、となっても自分は別に全然構わない、という覚悟ができた時にだけ、私は私が投票に行かない理由を正当化できます。言い換えれば、今回投票に行かなかった県内有権者の約半数に対して私は、彼らは政治がどうなっても構わないと思っているのだろう、と思うわけです(政治に不満があることへの無言の抗議だなんて思ってやらないよ:p。入れたい候補がいなかったら自分で立候補したまえ)。別に誰に投票しても変わらないだろうって。確かに変わらないだろう。投票しなかったら逆に変わる。もっと悪い方にどんどん変わっていくと思う。放置しておけば政治が腐るのは古今東西通じて世の摂理だ。もちろん投票率が上がったからといって政治が「よくなる」保証はゼロだけれど(そもそも、よくなった例などなかろう)、現状維持するだけでも投票に行く労力は必要なのだろうと思います。 |
| 2004年7月14日(水) 天気:くもり |
| 最悪だ…。もせ聞ける環境(自宅)で夜中に笑ってしまったじゃないですか。 「正しい恋愛」。電車男系の話をどうも読破できないのはそういうことだってことかしらん。 それはそうと昨日の選挙話にからんで作られるDQNに示されてる表を応用できないかなんてちょっと思いました。プロデューサ(政治家)から見れば部外者(投票行かない人)も暗黙支援者に見える、という流れを想定したのです。 |
| 2004年7月15日(木) 天気:くもり |
| と思ったら夕立がきました。仕事場の中庭には玉砂利が敷いてあって庭園になっているのですが、 隣の部屋のMOさん「おお、枯山水がただの山水になってゐる」 という感じでした。 で、あとで石丸に行ったところポイント加算用のホストとのラインが停電で落ちていたのでその場で10%引いてもらいました。ポイントに化けなかったぶん、微妙に得なんだな。 |
| 2004年7月16日(金) 天気:わるいんだろ |
| かなかな初鳴き観測(自室から、04:11) で、それからしばらくうつらうつらしていたら電線のむくどりの群れがやかましくて仕方なくなってきたのでロケット花火をぶっ放して追っ払いました。すごい効果です。 今日も夕方は二度に渡って驟雨。 |
| 2004年7月17日(土) 天気:あめとかはれとか |
| 上りのあけぼのが運休とのことで函館で泊まろうとやってきたら宿が一杯で詰んでしまいました。こうなったら札幌まで行ってやるぅ というわけで、三連休パス初日。3日で¥26,000-のこのきっぷを使うのは始めてです。 今日はキハ58ぐるっと北リアスの運転日です。0440センターのバス、上野乗り換えで始発の盛岡行新幹線という行路で朝0918という、貧乏18きっぱーにとっては嘘のような所要時間で盛岡に到着。世間ではこれが当たり前なのかもしれませんが盛岡まで来た気がしません。駅ビルで冷やしかしわそばだったかを食してから改札内に戻ると「ぐるっと」の発車案内のところに「団体」とか出ていてちょっとびびりました。デビュー当時の国鉄色に塗り戻されたキハ58の1513と1523の二連が入ってきます。ときおり大粒の雨がホームの屋根を打つ中、あたりに屯ろってるのは鉄オタだけです。30%くらいの乗車率で定刻発車。 上盛岡を過ぎるとまだ住宅地が続いているのに急勾配がはじまります。盛岡が盆地型の都市であることを実感させます。次の山岸あたりからはもう狭い谷を縫いはじめ、じき区界峠への長いサミットにかかりますが二両編成のキハ58は勾配をこともなげに登っていきます。山田線の下りに乗るのは4年ぶり二回目です。その時は夜行の臨時列車だったので、今日も臨時じゃんとか思いながら風景を眺めました。たまに放棄された耕作地がありますが、雨霞ただよう中にあるのは山肌の緑ばかりです。白いマタタビの葉だけが目立ちます。 大志田、浅岸とかつてスイッチバックだった駅を続けて通過。秘境駅だよ、とカメラを向ける人もいました。山腹を巻くように高度をかせぐ車窓には白樺が目立ってきます。多少長いトンネルを抜けると峠にある区界駅。白樺の木が植わる高原の駅です。あいかわらず雨が降っていて、ホームから仰ぐことができる兜明神岳の頂上は雲に隠れています。ここで交換待ちのために運転停車します、と放送が入ります。雨のしたたり落ちるホームにはカメラで重装備した人が赤旗を持った駅員さんと話しています。じき盛岡行の快速がキハ52の2両(現行色)で入ってきました。車内はそれなりに乗客がいて、こちらの車内からカメラを向ける人に気づいたのか女の子二人連れが窓を開けて手を振ったりしています。 ここからは国道106号と一緒に閉伊川の谷に沿って宮古までずっと下っていきます。峠の宮古側は相対的になだらかな谷沿いの道です(ところどころ谷が急峻な部分はあります)。だんだん眠くなってきました。川内の手前で長いトンネルがあるところは大峠という古来からの交通の難所、それを過ぎるとまた狭い耕地が続き、山には低く雲が垂れ、集落が現れると古びた分校の建物があったりします。山あいの民家の裏には薪が積んであります。眼がさめると茂市の手前でした。岩泉線が合流する茂市駅の構内は広くて、久しぶりに見る大きな駅のせいかとても立派に見えます。閉伊川を渡ります。雨のせいで水は濁流になっていました。山田線が止まらなくてよかったです。川の流れがゆるやかになって両側の山が遠のくと宮古。ここまで102.1kmを所要2時間、すれ違った列車は区界での快速列車のみ。そんな先にまだ大きな街があって駅に駅そば屋まであるなんて、なんて日本は広いのだろうと思わせます。ここで三陸鉄道北リアス線に乗り入れ、三陸海岸沿いに一路北を目指します。時間調整のために30分ほど停車します。 宮古駅は「いちご弁当」という弁当で有名です。列車から降りた人もいちご弁当を買いに小さな駅舎のはずれにある売店に走り、すいません売り切れちゃったんですよー、などという声が聞こえてきますが、宮古駅では私は他にやることがあるのです。それは宮古駅の駅そばのつゆが関西風のうすくちであるかどうかを本当に確認することで、これで昼食にするつもりです。朝からそばばっかになるのですが、実はこの先の久慈でも同じ理由で駅そばを食べるつもりです。4年前にはじめて宮古駅に来たときにまず駅そばのスタンドがちゃんと存在することに驚き、ついでつゆがうすくちだったことに驚きました。内陸の盛岡あたりでは、たとえばわんこそばを例に出すまでもなくしょうゆの味の濃いそばが主流です。この味つけは関西から海路づたいに伝わったものなのだろう、とそこで仮定したのですが、翌年に久慈を通る機会があった時には地元経営による駅そばに入りそびれた(JRの方は伯養軒という、東北のJRに共通のチェーン店が入っていました。三陸鉄道の駅に地元の経営らしき店があることは確認したのですが)ので、今回の「ぐるっと」のコースは実はリベンジにうってつけです。はたして駅そばは細めの麺に記憶のとおり、うすくちのつゆでした。ベースはかつおだしのようです。味を堪能したので駅前広場の向こうに見える酒屋でビールなどを買い込んで、三陸鉄道北リアス線の車窓を肴にのんびりすることにします。 定刻どおり宮古を発車。進行方向が逆向きになります。宮古までで乗客は少し減って、ボックスあたり一人といったところ。進行方向後ろの席になった二人連れがいちご弁当作ってる店まで行って作ってもらったけど間に合わないかと思った、などと話しています。じき車内販売で携帯ストラップだの記念きっぷだのを売りにいくからお前ら買いやがってください(←意訳)という放送が入ります。3年前に三陸鉄道を臨時列車で乗ったときも弁当だの三陸鉄道直営店のアイスクリームだのをわらわら売りにきていました。鉄道会社というと経営が厳しいところでもえてしてやる気ゼロの殿様商売が多い中、三陸鉄道のように商売っ気旺盛なのは好感が持てます。全通20周年の記念きっぷを買いました。ほかにも停車駅ごとに観光案内の放送が入り、交換列車があるとあの車両は何々形式であるといった鉄オタむけ放送があり、北リアス線で一番の高さという 久慈到着。時刻はまもなく14時です。ここでも20分あるので駅そばを食べに出ます。目当てのそば屋が入る三陸鉄道の駅舎はなぜかJRの駅舎より八戸寄りにあります。三陸鉄道のホームも駅構内の八戸寄りで、発車した三陸鉄道の列車はJRのホームの目の前を加速していくことになります。麺はずいぶん平たくて、やはりうすくちのつゆでした。やっぱりと思ったのですがおばちゃんに聞いたところ「うちはだし汁とつゆをわけて作っている、なにぶん病院通いの人が多いから薄くしているのだが、希望があれば濃くしてます」とのことでした。だしの味までは変わらないのでしょうが、もともとの味付けが関西風だという話は時間もなかったのでできませんでした。さっき車内で買ったきっぷ(補充券)は回収されてしまったので、風景のお礼と応援がてら券売機で宮古までのきっぷを買いました。お金は落とすべきところに落とさないといけません。ホームに戻ると隣に八戸線の列車が到着していました。こちらも旧国鉄時代の朱色の塗装になっています。「ぐるっと」と並ぶ姿が懐かしいです。 ここから八戸までのJR八戸線は北国の海岸沿いの路線なのに全体的にのどかな雰囲気のただよう路線で、腕木式信号機やタブレット授受が健在です。特に単線運転の鉄道において安全確保に多大に貢献してきたタブレットによる閉塞システムも日本ではもうほとんど見られなくなっています。小さい頃に川越線に乗りにいったとき、雑多なディーゼルカーに単線運転、タブレットと腕木式信号機のオンパレードを見てずいぶんな路線なんだなと思ったものですが、埼京線の電車がびゅんびゅん走りまくる今となっては懐かしい気がします。ちょうどレンズつきフィルムが終わってしまったので携帯で腕木式信号機の動作する動画でも撮ってやろうと思ったのですが普段使わないのでなんかうまくいきません。北リアス線に比べてなだらな海岸沿いを1時間あまり快速運転するともう八戸の漁港地区である鮫で、街の中になってきます。次の陸奥湊で交換列車待ちでしばらく停車するとのことでよし撮ってやろうと出てみたら、信号機は普通の色灯式のものに交換されていました。ホーム上のタブレット置き場などを撮ってみたりします。 次の本八戸が八戸の市街中心部で、何人か普通の乗客が乗ってきました。新幹線の駅でもある東北本線の八戸駅は2駅先で、そこまで行くのでしょう。その八戸のちょっと手前に八戸貨物駅という、本線の貨物駅と共用の駅があり、そこでまた行き違いのために少し待たされます。コンテナを下ろしたコンテナ車が側線を延々と占拠しています。雨は上がっていて、荷台の上に水たまりができています。定刻で八戸到着。新幹線工事中はプレハブだった駅舎も跡形もなく、在来線と真新しい新幹線のホームをまたいで、どこにでもありそうな橋上駅舎がそびえていました。新幹線が青森まで伸びる頃には建物も風景になじんでいるでしょうか。 ここからまた進行方向を変えて一路終点の青森を目指すはずなのですが、本線の方の発車案内が何だか騒がしいことをいっています。じきに、列車が遅れて交代運転手がまだ到着していないので発車が遅れます、と放送が入りました。後ろの方で誰かが話しているのを聞くと人身事故があったとのことで、本線のホーム止まっている特急は2時間遅れのようです。一旦列車を降りて駅舎に上がったりしていると交代要員が到着しました、快速が発車しますと放送が聞こえました。どこの駅でもそうでしたが「かいそくきはごーはちぐるっときたりあすごう」という列車名を言いにくそうに放送していました。車内に戻ると青森からの特急が到着していました。交代の運転手はあれに乗務していたのでしょう。が、あたふたと引き継ぎをやっている間に折り返しの特急が先発してしまい、八戸を発車できたのは21分遅れです。駅構内を抜けるとエンジンをふかして猛然と加速します。 2両のキハ58は急行車の本領発揮とばかりに轟音を上げて三八平野を爆走します。こんなに飛ばすキハ58に乗ったのは東海道線で新快速に追っかけられてた頃の「たかやま」以来ですがそれでも最高速度は95km、「ぐるっと」はここから三本木台地の間をうねうねと辿る96kmを三沢、野辺地、浅虫温泉にのみ停車で1時間15分という結構ぱつんぱつんなダイヤなのでなかなか遅れは回復しません(この区間はスーパー白鳥でも58〜60分です)。途中橋梁工事のための徐行もあったりして20分ほど遅れたまま野辺地を過ぎ、おだやかな陸奥湾沿いを快走します。車掌が回ってきたので今日の上り「あけぼの」は動くかどうか訊ねると、今のところ運休の連絡は受けていません、とのことでした。折角青森まできたのにすぐ夜行で関東にとんぼ帰りというプランなのです(これはあけぼのに乗りたいというだけの理由です)が、上野と青森を結ぶ唯一の夜行列車(深夜に青森に停車する「北斗星」もありますが)である「あけぼの」は新潟経由のため、先日の豪雨で信越線が止まった関係で運休ないし迂回運転が続いています。もし運休なら函館にでも行って明日一日観光しようという魂胆です。詳しくは駅で聞いて下さい、とのことでした。夏泊半島をトンネルで抜けて浅虫温泉。18きっぷ利用時ならひと風呂浴びに下車する駅です。やがて青森の市街が広がってきます。もう見慣れた風景ですが、夏に日があるときに眺めるのは始めてです。八甲田に雲がかかっているのが悔やまれます。20分遅れのまま青森到着。ちなみに今朝からの行程を復習すると、上野から間に埼玉、茨城、栃木、福島、宮城を挟んで岩手県の盛岡まで3時間8分、盛岡から隣県の青森までが7時間33分(遅れ込み)かかっています。日本は広いのです。まだ二列車、朝のバスからを加えても2回しか乗り継いでいません。 夕日の射す青森駅は夕方ということ、土曜日ということ、列車が遅れまくっているということでごったがえしています。おお、エスカレーターでもみんな一列に並んでいるなどと思いながら一旦改札を出て振りかえると案の定新潟地区を通る「あけぼの」も「日本海」も「トワイライト」も運休とあります。実は「あけぼの」には秋田から奥羽、北上、東北と抜ける迂回ダイヤが用意されているのですが、途中非電化区間をはさむため機関車の手配がつかなかったりするのでしょう、あまり活用されてはいません。こちらも迂回プランどおり、函館にむかいます。改札口上の電光表示は乱れまくっていてわかりにくいので改札の駅員に尋ねると函館行はすぐ出るとのこと。ホームにとんぼ帰りです。結構空いていました。そういえば八戸でえらい遅延して「ぐるっと」に先発してったのも函館行の「白鳥」だったよなと思います。みんなそっちに乗っていってしまったばかりなのでしょう。ダイヤは急速に定時に戻りつつあり、7分遅れて発車しましたと放送がありました。 青森という街はしょっちゅう通る上に「あおもり」という深い響きが素敵です。太宰治はつまらん街だとか馬鹿にしてた気がする(たしか「津軽」)のですが、客観的には街も比較的個性がありそうなのです。が、もう十何遍もここで列車から連絡船へ、列車から列車へ、フェリーから列車へと乗り換えているのに、今回もゆっくり滞在できませんでした。後から考えると青森を観光するプランでもよかったのですが、その時には頭の中には三連休パスのエリア北限である函館まで行って湯の川温泉に浸かる、というプランしかありませんでした。五稜郭にも函館山にもトラピスト修道院にも恵山にも行ったことがないから明日は一日道南を満喫するぞ、と思いながら陸奥湾を眺め、海峡線の本州側である津軽線は単線ばかりなので貨物列車と行き違いながらまたビールを空けます。蟹田も新小国信号所も津軽今別も夏の夕暮れの光の中で見るのは始めてです。うとうとして目が覚めたら木古内の手前でした。私は本州から北上してきてこのあたりの風景を見るとなぜか「北海道まで来ちまったぜ」と呟く癖があります。夏の函館湾沿いを辿りゆくとやがて対岸にずんぐりと蹲る山塊から長く伸びる市街地が見えてきます。函館山と函館の街です。行き違いの時間を削ったためか、函館到着は定時でした。 夕暮れ迫る函館駅は去年改築工事が完成し、連絡船が発着していた当時の面影を残すものはゆるくカーブした駅ホームと、函館という駅名くらいになってしまいました。どこもガラス張り、軽金属張りのモダンな四角い駅舎はたぶん旅人の心象風景の中にまだ馴染んではいません。さてまずは宿確保と最寄りの某ビジネスホテルチェーンの窓口に向かいます。出発前に2ちゃんねる鉄道総合板の三連休パススレあたりで見た情報によるとこの週末はパス利用で函館の馬や自転車に投票してまわる人たちが多いようだったのでちょっと心配していたのですが、今日は満員だとのことでした。近所にもう一軒ある同じチェーンのホテルに電話してもらいます。電話口での口調から、今日はどこも一杯そうであるというニュアンスがひしひしと伝わってきます。仕方がないので一旦駅に戻ってもう閉まっている観光案内所の前まで行ってみると、今日の函館地区の宿は全部満室です、という掲示が出ていました。さて、そうなると選択肢は限られてきます。 ・きっぷを買ってすぐ出る最終の札幌行特急で札幌まで行き、そこで泊まる ・函館をぶらついた後、きっぷを買って0123に函館を出る札幌行急行「はまなす」あるいは時間はわからないが深夜に函館を出る札幌行夜行バスを宿代りにして札幌まで行く ・函館をぶらついた後、七重浜からのフェリーを宿代りにして青森に戻る ・すぐ七重浜まで向かい、フェリーで青森に戻って一泊する(青森行の列車はこの時間にはもう終っています) あんまり限られてないじゃないかという突っ込みはともかく、この選択肢中、目下最大の関心事である「折角北海道まで来たのだから」という思いを最も満足するのは二番目に決まっています。なので精算窓口で「あけぼの」の切符を払い戻し(行こうと思ったのが一週間前で、ゴロンとシートはもちろん取れなかったので普通のBネでした)、駅前再開発にともなってあちこち工事現場だらけの駅前を通り抜けて市電の乗り場に行きました。電車が通っている時間帯に市電ののりばに立つのははじめてです。電車は駅前の湿気た歓楽街を抜け、五稜郭にほど近い繁華街を右折して湯の川へむかいます。もうとっぷりと日は暮れました。五稜郭を見たかったのになんて思っていると人がどんどん降りていって、終点が近づいてきました。終点の一つ手前が「湯の川温泉」という停留所であたりはにぎわっていますが、函館市電に乗るのははじめてなのでとりあえず終点まで行っておきます。シャッターを下ろした店が並んでいるだけのただの市街地でした。 とりあえず温泉街の方に歩いていきます。湯の川という川沿いに裏道があり、しばらく行くと温泉ホテルだの温泉旅館だのが林立する中、海岸砂丘の内側で入り江になった場所が整備されている場所に出ました。昼間見たら大したことないのかもしれませんが夜見るとなかなか雰囲気があって、綺麗です。浴衣を着流した人が三々五々散歩しているのが見えます。ここも一杯なんだろうがどうせ高いんだろうなと思っているとローソンを発見。おにぎりを買うついでに共同浴場の場所を聞き出します。教えられて行ったそこは元々旅館だったところを改造したものらしく、単純泉のお湯は無茶くちゃ熱くてとても全身は浸かれませんでした。露天風呂に区切ってある場所があったのでせめて少しでも涼しさを求めてそちらに移動します。空を眺めるとくすんだちぎれ雲が流れていきます。明日まで天気は持ちそうに見えました。市電の最終が存外と早かった気がするので熱い思いもそこそこに戻ります。湯の川の電停まで戻るのに携帯のナビゲーションシステムを使ってみましたが、まあそこそこ使いものになるなといったかんじ。充電を忘れたので家に帰るまで電池が保たない気がします。電車は行ってしまったばかりで20分ほど待たされました。宿はないしお湯は熱いしで、今日は函館となんだか愛称が悪いです。やっときた九時半すぎのが最終で、あとは途中の車庫止まりの折り返しばかりです。電車の時間だけ見ると夜の早い街のように見えますが、五稜郭あたりの繁華街はまだまだにぎわっています。 駅に戻ってくると、開放的なガラス張りの待合室には人が溜まっていました。今日はあと上りの北斗星がある以外は発車する列車は区間運転の普通列車だけです。みんなはまなすに乗るんかいなーと思います。工事中の駅前ロータリーにはプレハブのバスの待合室が並んでいます。札幌行の夜行バスの方が発車も早いよな、と少し思ったのですが、今日はなんとなくまだ鉄道に乗りたい気分です(←こらそこ「いつも」じゃないかとか言うんじゃない)。発車までだいぶあるのですが、こういう時にやることは決まっていますので、駅前のサンクスでビールを買い込んで飲みながら小難しい本を読んで過ごすことにします。待合室、というよりコンコースの隣の待合コーナーですが、ベンチは木で堅いし、居住性はそれほどよくありません。鉄道を使う客層、年齢層にとっては不親切な気がします(例えば空港のロビーと比べてみるといい)。北斗星の発車時刻に数人が改札に吸い込まれていきましたが、全体的に少しづつ人が増えてゆきます。お腹が空いたので買い出しがてら駅の裏、以前連絡船の桟橋だったところまで散歩に行ってみます。港湾道路の高架がつらぬく下で夜の海はただ暗いだけでした。待合室に戻ると片隅に看板があるのに気がつきました。「飲酒おことわり」とか書いてあります。ビールは酒じゃないことにさせていただきたいです。 1時を回ったので少し早いですがきっぷを買って改札をくぐると、手前のホームになんか薄暗い緑色の車両が連なっていました。信越本線の不通のために運休になった「トワイライトエクスプレス」の車両です。もちろんJR西日本の所有車両です。夕方は駅の五稜郭寄りの留置線に転がしてあったのを見たのですが、大阪まで迂回ルートで回送するのかもしれません。所どころ非常灯がぼうっと光っているだけの暗い色の列車が真っ暗なホームに止まっているのは考えようによっては不気味です。やがて薄汚れた赤い電気機関車に牽かれて「はまなす」の青い車体が定時に入ってきました。函館の駅は現在は頭端式であり(昔は桟橋のほうまで線路が延びていました)、ここで電気機関車は切り離され、反対側にディーゼル機関車が食いついて札幌にむかいます。列車の進行方向が変わるわけですが、深夜なのでシートの向きを変える人はいません。空いている席を見つけてやれやれやっと寝れるわい、と目を閉じます。 |
| 2004年7月18日(日) 天気:はれ |
| 今日驚いたこと:新夕張の駅からすぐのところにせぶんいれぶんがあったこと。 ※なんにもないと思ってたんだもん というわけで続きです。 目を開けると薄明かりの中、噴火湾の風景が流れ去っていきます。瞼が重いままああ東室蘭だな、白老からの直線区間だな、苫小牧だなと意識しているうちに、まだ寝足りない感覚はそのままに目だけ冴えてくるものです。トイレに立つと隣は先頭車両で、貫通路の先にディーゼル機関車DD51の鼻づらが揺れています。南千歳、千歳、長都、恵庭、島松、北広島、終点が近づいてくる千歳線の雰囲気は体が覚えてしまっています。周囲の一般の乗客の、ああ自宅に近づいてきた、という気分が伝染してきているのでしょう。さて、次の新札幌から地下鉄に乗り代えて家に帰ったらシャワーを浴びてもう一眠り、とかいう気分になっている一群と違って、旅行者は今日も一日旅行を続けなければなりません。思いつきで札幌まで来てしまったものの今日一日何をするつもりなのか全然決めてないという乗客ははまなす長し(夏のシーズン中であり、今日は9両に増結されています)といえども私くらいでしょうが、目処は立っています。昨秋も使った一日散歩きっぷをまた使おうと思います。新得まで足を伸ばすもよし、長万部まで戻るもよし。ただあまり遠くまでは行けないので鉄道以外の何かを楽しみたいところです。上野幌、札幌貨物ターミナル、白石、苗穂、9ヶ月ぶりの札幌駅です。長いので先頭のDD51はホームからはみ出しています。その姿を何とか撮ろうと鉄オタがたかっています。 早朝の札幌駅というのは実に何も開いていない場所で、地下街に降りてみれば無人のシャッター街がどこまでも伸びているという異様な光景を手軽に目の当たりに出来ます。きっぷは早朝から開いている窓口で簡単に買うことができます。さて買ったきっぷのフリー乗降区間を眺めていると一番端っこに美瑛の文字があります。そこで時刻表を開いて30秒でプランを決めました。滝川まわりで富良野までさっさと向かい、夕方狩勝峠を越える列車で新得まで出て石勝線の特定区間を特急でショートカットすれば夜には札幌に戻ってこれます。夏の道央といえばラベンダーの季節、美瑛ならレンタサイクルくらいあるでしょうから、時間がゆるす限りお花畑を走り回ってこようと思います。7時ちょうどの滝川行から乗り継げば1045に富良野につけます。開店準備に忙しいホームの売店やそば屋を眺めながら列車が入ってくるのを待っているとそろそろ、到着する列車がどれも混むようになってきます。やってきた電車は711系、国鉄時代に作られた古いタイプの電車ですが、クーラーが取り付けられていました(昨日のキハ58も、この後さんざん乗ることになるキハ40などにもクーラーなんかついていませんから)。空はすっかり晴れて、線路脇に伸びる防雪林沿いの草地には生まれたての黄色いとんぼが群れをなしていました。車窓から補虫網を突き出しせば佃煮にできるくらいすぐ集まりそうです。 岩見沢から先の小駅は停まる列車がぐっと少なくなり、どこも草に埋もれています。昔はだだっ広い石狩平野からの農産物を納めていただろう古い農協の倉庫が駅前に並んだりしています。滝川に定刻到着。だだっ広いんだか閑散としてるんだかわからない駅は今日も朝日を浴びています。毎度お馴染み(といっても食べるのは覚えている限りでは2度目)の駅そばのスタンドでカレーうどんを頼み、おばちゃんに「辛いでしょう」なんて言われている間に札幌を一時間あとに出発した富良野行の臨時特急が出ていきます。待合室に溜まっている観光客らしいおばちゃん軍団はみんな一日散歩きっぷ利用者らしく、乗る人はいません。次の根室本線、釧路行の2両編成の改札がはじまるとみんなわっと移動を始めます。2両編成の列車は通路まで立ち客が出るほどです。途中はぐうぐう寝ていたので、なんだかよくわからないうちに富良野盆地に到着していました。車窓からは街を見下ろすスキー場の風景が特徴的です。 駅はごった返す、というほどでもありませんが観光客でいっぱいです。観光遊覧バスが出ているらしいのですが今日は満席です、という案内が聞こえてきます。駅前は典型的な観光地の駅前のそれで、ざっと見回すかぎりではコンビニすらありません。「北の国から」(私は有名らしいこのドラマは名前しか知りません。北の国が攻めてきて畑はコルホーズ、とかいうドラマでないことくらいは知っています)関連の何かもあるらしいのですがもちろん興味はありません。大人しく美瑛まで行きましょう。風景なら何の予備知識がなくても楽しむことができます。次の富良野線までは1時間あります。待合室で堅苦しい本を読んで過ごします。そういえば富良野で1時間も暇があるのは始めてだということに気がついたのはそろそろ次の富良野線の改札が始まる頃でした。ある意味贅沢な時間の使いかたです。 富良野線は開通当時、根室方面への唯一の鉄路でした。今さっき通ってきた空知川沿いのルートに難工事が予想されたからか、道央の大都市旭川に直結するべきという判断からだったのかはよく知りません。富良野から上富良野を経て美瑛までは、三浦綾子の「泥流地帯」で描かれたように大正15年の十勝岳の噴火にともなう泥流で大きな被害を受けた場所です。鞄の中にあるJTB時刻表7月号の表紙は奇しくも色とりどりのお花畑のなだらかな風景をバックをゆく富良野線の写真ですが、このなだらかな地形は度重なる十勝岳の泥流堆積物や火山灰層が浸食されたものです。晴れているものの雲が多く、十勝岳は裾しか見えません。田んぼの多い富良野盆地の風景をぼんやり眺めていると丘の中腹に紫色の領域が見えます。有名な富良野のラベンダー畑をこの目ではじめて見ました。その名も「ラベンダー畑」という臨時駅があります。有名なファームの最寄駅で、丘の中腹に広大な花畑が広がっています。さっきの時刻表の表紙の撮影地はここに違いありません。狭いホームの上には観光客が鈴なりです。ただでさえ混んでいた車内は満員になりました。 |
| 2004年7月19日(月) 天気:はれ |
![]() いささか物足りなさ感を残しながら三連休パスを使いきりました。センターに自転車を置きっぱなしだったことに家に戻ってから気づきました。17日からの日記のほうは少しづつ書き足していきます。 40の手習い 我はヴィオリスト、演目1曲(今週の「快楽急行」)。ヴィオラ一人だけでは悲愴は演奏できません>島田雅彦。「四十の手習いというのは、アマチュアリズムの追求である。稽古(けいこ)から苦痛と退屈を間引き、快楽追求に徹するということ」だそうですが、苦痛と退屈が快楽に転化するのが楽しいんじゃないですか。だいたい島田さんはマゾヒストじゃなかったんですか「天国が降ってくる」のあとがきで書いてたでしょそもそも(200行略)それはそうと記事のとおりに数えると、私の演目は…何曲だろお(汗。というわけで、島田雅彦にはとりあえず勝利宣言を出させていただきます。 |
| 2004年7月20日(火) 天気:クライバーも死ぬ暑さ |
| 暑さで死んだんじゃないと思いますが>クライバー …今日の14時で美瑛のアメダス23度じゃんかよー。もうイヤ。北海道戻るぅ …。661あたりからね。 |
| 2004年7月21日(水) 天気:くもり |
| 学校とか仕事場とかのチャイムって全国どこでも同んなじ音列で同じようなテンポで、聞いているうちに飽きてきませんか。たまには12音音列のチャイムとかあってもいいと思うのに。 |
| 2004年7月22日(木) 天気:くもり |
| せめてこれくらい湿度が低くなければなりません。 そして新たなる悟りの境地へ… |
| 2004年7月23日(金) 天気:はれ |
| もう一週間経とうというのに、土曜日のぶんが長くなってしまい書き終わらないので困っています。自業自得ですかそうですか。 空気の読めない男を教育する(takotさんとこより)。合コンを職業にしている人なら役に立つかもってかんじの内容ですね。万人にとって理想的な男ないし女が存在するのだ、といった暗黙のテーゼにもとづいて書かれたハウツーものはえてして無自覚な全体主義であるところの翼賛の構造のものであり、恋愛=結婚というコードの上に優性学を持ち込むものです。空気を読めない?結構なことじゃないか。私が女なら、凡百の「理想的な男」をハウツー通りに演じることしかできないマニュアル男よりずっと魅力的な存在だと思います。魅力的ではなくても、少なくともどんぐりが背比べしてる中にあって目立つ存在だと思いますし、それはアドバンテージじゃないですか?結婚相手としてはどうかって?それほど個性的な男をうまく操縦できてこそ女冥利に尽きるってもんでしょう?一度しかない人生です。誰もが思い描くような平凡で恙ない結婚生活でいいんですか?そんなの退屈でやってられるもんですか。華岡清州の妻とはいわないまでも、旦那の暴走にうまくつき合って、平凡で退屈なみのもんた的「ふつうの生活」を斜に俯瞰するような一生を送りたいとは思いませんか。同じ穴の貉?相手の個性を最大限尊重できないでなにが「恋」だ。恋愛はいつから医者=自分対恋人=患者という構造を持つメンタルクリニックになったのだ。だいたい女とは男を矯正するものだというテーゼはマザコンの増幅装置でしかないぞ?女=母性というコードのもとに男を矯正し社会性という名の画一性の枠に押し込めようという発想は大日本帝国の富国強兵策の根底にあったポリシーではないか。やっぱり全体主義だ。それはそうとallaboutの他のコンテンツでは男が女を矯正するべき、というテーゼも見受けられるけど、それだって上に書いたことの鏡像でしかない。男が女を矯正=女は男の所有物というコードのもとで家族という子孫生産装置の安定性を向上することにより以下同文だ。そう、言ってしまおう。合コンとはけだし日本国民を無自覚のうちに画一化することにより無自覚な体制翼賛=帝国主義を自国内のみならず遷移的に周辺諸国にまき散らすことで長期的に日本の国体そのものを滅ぼす悪しき俗習であって、従って合コンをあたかも絶対権威であるかのように喧伝しなおかつそのための通俗的なノウハウをインターネットという手軽な場でキャッチーに(手軽に)流布して回ろうという元記事はたぶんほんとうの読解力を持つものにとっては、便所の落書き以上の価値を持つものではない。 とかなんとか書き散らしたりするから黄薔薇さまとか言われるんだろうな。別に否定しません。 |
| 2004年7月24日(土) 天気:はれ |
| 買いものに出かけたついでに買ってきた「博士の愛した数式」。整数論やってる人間がみんな変人であるという誤解を助長しそうな気がしましたが事実ですかなら仕方がないですね←整数論の人じゃないので冷たい。上のリンクの書評で「江夏を見直しました」とかあったのが笑えました。そういえば行きがけに郵便局に寄ったら整理券番号が729でした。7+2+9=18=3x6ですが、36=729です。だからどうしたと言われればそれまでなんですが。 kunのオリジナルの肩当てのゴムがダメになったので替えたら相性が悪くて外れまくるようになったのと、肩当て替えたら音が違うよといろんな人が言ってるのとなどで肩当てを買ってみました。延々弾いているとどうしてもずれてくるし、疲れてくるので顎に力が入ってしまいがちで樹脂製のkunオリジナルは撓んで裏板に干渉してびびったりもするんです。Viva la Musicaの木製の奴にしてみました。さっきそれで弾いてみたところC線が爆発してA線が鈍くなりました。C線は先日切れて替えたばかりなのでそれも影響しているのかもしれませんが、なんだか大分違います。弾いているうちに馴染んできた(自分がそのセッティングでの弾きかたに馴染んできたともいう)きはしますが、変わるもんです。 |
| 2004年7月25日(日) 天気:はれ |
| 風呂釜の掃除の人がきたので、終るのを待ってからまた東京に出ます。いやどうしてもフーガの技法の演奏譜が欲しくてですね。ついでにタワレコでケーゲルのアルルの女が出てたので買ってきました。許光俊が絶賛してた奴です。同時収録の「子供の遊び」とかなんかマーラーみたいだし、ユニークでしかも暗いという意味で逸品です。で、暑くてすぐ帰る気にならなかったのとフーガの技法の譜面を眺めていたかったのとでそのままふらふらと高崎線から直通の国府津行に。東海道線を走るE231はやっと湘南色の発祥の地で走れるようになったというべきか。帰りはグリーン券を買ってアクティのサロ110-1000で戻ってきました。常磐線だとほぼ同額出せばもっとシートがよくて速いのに乗れるわけで、平成の16年にもなってあんな国鉄くさいのが天下の東海道線をいまだに走りまくってるというのは面白いです。 |
| 2004年7月26日(月) 天気:なんだ |
| 雨を落としてくると思ったら青空を広げてみたり。 |
| 2004年7月27日(火) 天気:はれ |
| 特にネタはないので、オケの練習の話です。パートの人が職員旅行で東京に行く話をしていました。一泊二日で五万も出したかねーよとかいう会話が聞こえてきたので北海道東日本パス5枚分ですねと言おうと思ったのですが馬鹿にされそうなので止めておきました。 |
| 2004年7月28日(水) 天気:はれ |
| 円周率の計算 - アナログ編。こういうノリ好き。 「怪しい科学者の実験ガイド」。子供むけ科学的いたずら集ですが、期待したほどではありませんでした(ぉぃぉぃ。爆発ものがないのは昨今の世情を考えると仕方ないとはいえ残念。C4の作り方とか載ってると思ったのに(腹腹時計じゃありません)それはともかく手軽に作る霧箱で宇宙線は見てみたいのでこんどやってみます。いくつか悪臭ものがありましたが、悪臭といえばスウェーデン初の民間航空機遭難事故は旅客が持ち込んだシュールストレーミングが減圧で爆発したことによる操縦不能だったのを思い出しました。嘘ですけど。 |
| 2004年7月29日(木) 天気:ころっけ |
| 百年後の関東の夏、「九州南部の暑さ」 気象庁予測。東京より鹿児島の方が夏は過ごしやすいと思います。台風を除いて。しかし読み返すだに杜撰な記事だ… …こんな中心示度でこの付近で停滞してる台風なんて初めて見たよ。気候が変わりつつあることは認めましょう>気象庁 |
| 2004年7月30日(金) 天気:きつね |
| 青い空、聳える入道雲、そして降り注ぐ大粒の雨。 で、台風豆知識2。他にネタはないのか日本気象協会。 夜実家に戻りますと、かねてから当たり年と予想されていた庭のさるすべりの花がすごいことになっています。秋にかけて花の季節ですね。 |
| 2004年7月31日(土) 天気:てんぷら |
| 元首相が一億円もらっても忘れるくらいなんで日記書くのも忘れようかと思ったんですが日記は小切手ではないのでやっぱり書くことにしますと、今日はなんとかかんとかの練習で水戸でした。幻想をやるのですが指揮者がベルリオーズはゲーテにハマってたから第五楽章のイメージ作りにファウスト嫁などと喚いていました。このくそ暑いのにあんな暑苦しいの勘弁して下さい。同じワルプレギスなら「魔の山」とかの方が(方向性が違う音) |