| 2004年6月1日(火) 天気:あめ→はれ |
| ■御意見募集■投票に行かない有権者だって。わざわざそんな主義主張をアサヒというメディアに対してプライベート情報教えてまで作文してメールなり郵送なりする人、というバイアスのかかった、つまりは何の意味もない馬鹿げた企画です。偏向新聞社のへたれ地方支局のダメっぷり炸裂ってところですね。そもそも、手軽そうなネタを手軽に行おうという発想じたいがマスメディア失格なんですが。リリアンかわら版のでっち上げ記事の方がまだ面白い分存在価値があると思います。 なお、同じ企画を茨城新聞が同じ形態で行ったら私はここまで書きません。地元紙とクオリティペーパーの違いと思いねえ。 |
| 2004年6月2日(水) 天気:はれ |
| ほとんどの電車はまだ直流モーター車なので、問題ありません(ぉ 唐突に「二胡二胡ぷん」という文字列を思いついたのでついでにぐぐってみたらニコニコ饅頭という文字列をインターネット上で見ることができるとは。ついでなので小袖餅と慶徳饅頭(本店の方は写真がある)。調べてたら腹減ってしまった。 すいません、それ全部中学高校でやってました…。 1.大学では、教師の言うことの100%をノートに取る必要はない。 そもそも授業中は寝る時間だったので、今見返してみてもノートに有益なことはあまり書いてません。というのは極言ですけど、中学・高校における中間試験および期末試験の存在がじつはかなり重要なものでした。私はどちらかというと暗記ものが面倒くさいたちだったので、必要最低限のことだけを覚えて、それ以外の、授業中に出てきた概念に対しては「どうやったら自分の既存の知識を駆使してそれを演繹できるか」というそのみちすじだけを覚えるようにしていました。なので、先生が授業で説明したとおりの方法をなぞる以外にあることを理解する方法を思いつけない、という局面にぶち当たったのは大学に入ってからのことです。このときはじめて、自分に板書をノートに写す能力がないことを後悔しました。 2.大学では、授業時間外に自分で勉強することが必須である。 そもそも授業中は寝る時間だったので、これはあたりまえのことです。他の教科(体育とか)の授業中に数学や国語のことを考えるのは無茶苦茶反逆的なことをしているみたいで、一種の快感でした。アホですって。ええアホでしたとも。数学にかんしては行き帰りの電車の中で教科書を眺めながらいろいろ考えるのが好きでした。今でも印象に残っているのは、何でだったか帰りが遅くなってひとり学校の前のバス停でバスを待つ時間に、教科書に載っている確率の何かの定理を眺めていて(まだ授業で取り上げてない所だったかもしれません)、ふっとこの式はこう変形できるんじゃないか?と閃いたときのことです。バス停を照らす街灯の淡い白い光のもと、ノートを取り出してやにわに計算をはじめ、やがて導かれたイコールの先に、教科書で「このようになる」という一行で済まされていたその先の式が現れたとき、私はそれまで算数=数学に対してまだ少し抱いていた偏見のようなイメージを完全に捨て去ったのだと思います。今なら「あたりまえじゃん」の一言で済ませられる計算をちゃちゃっと行っただけなんですが、その時はすごく嬉しかったんです。同時に「わからなかったら、自分でできるところまでがんばってみる」という原則も私の中に自動でインストールされました。わからないなにかを自分で克服できたときの快感は、当時の私にはあまりにもすばらしいものだったからです。 3.大学では、板書(もしくは映写)するのは、重要単語のみである。 重要単語のみを黒板に大書きして悦に入るような教官に今まで出会ったことはない(少なくとも、覚えてはいない)んで、よくわかりません。そういう人いるんですかね。 4.大学では、教科書に書かれていないことを講義することがある。 このことにかんしては、高校の時のとある数学の先生を抜きにして語ることはできないでしょう。その先生は、教科書とさしあたってはぜんっぜん関係のなさそうなネタからはじまってかなり突っ込んだところまでを網羅する授業の流れを考え、毎授業時間ごとにプリントを配って、それに沿って授業を行っていました。それは数学のある分野の基礎的な概念に密接にからんだ、いや、その概念の本質と言ってもいい概念をそのまま高校レベルの数学の授業で取り扱おう、という野望を持っているプリントでした。習熟度別のクラス替えがあったりしたので私はその先生がやろうとしていた授業を全部フォローすることはできなかったので、そのへんがかえすがえす残念なのですけど、その授業方針が結果的に成功だったかはわかりません。教える側にとってまず負担になるやり方ですから。ただ、その先生が教科書を使うよりはそうしたほうがいいのでは、と思って行われたことです。それはよくわかりました。 5〜8についてはのちほど、ということで。 |
| 2004年6月3日(木) はれ |
| 昨日の続きです。教科書使わないので思い出したですが、中学一年の化学(理科Iの化学分野)はやっぱり教科書を使わずにオストワルドの「化学の学校」(岩波文庫の奴)を使っていました。なので今でも原子説には懐疑的です(嘘)。授業では上巻の内容止まりだったのですが、中・下巻まで買って読んでました。高校では化学を専攻しなかったので、つまり化学の知識は未だに「化学の学校」程度です。 5.大学では、「教科書に書かれていることは間違いだ」と指摘することがある。 学校の教科書より詳しい本が家にごろごろしていると、おいそれと教科書の内容を信じる気にはならないものです。より具体的には家に転がってる本を携帯とすると教科書はプッシュホン程度、という認識でした。小学校の理科の授業で気温を計った時の話はどっかに書いてたかしら。数学の本はあまりなかった(工学の本はあったんですけど)んで、数学を勉強する楽しさだけは未知の世界の楽しさだったわけです。 6.大学では、教師の話すことを100%信じてはいけない。 中学高校での先生の嘘といえば定番なのは審美眼のない美術教師とか音楽性のない音楽教師とか文学作品をわけのわからんイデオロギーに染めてしまう国語教師とかいっぱいいると思いますので、あえて語る必要はあまりないでしょう。私がはじめて国語の授業というのを信じる気になったのは実は予備校の授業で、どうしてここが構造の切れ目にならないのか、と質問しに行ったところ、先生が「私に解るように」答えてくれた時のことです。実はそれまで国語の授業なんてこれっぽちも聞いちゃいませんでした。読めばわかるものを授業でわざわざ教えるなんてナンセンスな代物だと思っていたし、授業内容だって恣意の固まりだと思っていたのです。最初から授業ちゃんと聞いてろってかんじではあります。 7.大学では、教科書・参考書以外にも多くの本を読むことが求められる。 そういえば参考書を買ったことがないです。チャート式?岩石でできてる参考書でしょうかさぞかし重いんでしょうきっと内容も堅いのねとかいうかんじ。ただでさえ薄い教科書の内容をさらに薄めて説明されたってどこが面白いんでしょう。理系にかんしてはブルーバックスで面白いのが山のようにあったし、文系の友人は司馬遼太郎とか愛読しちゃう奴もいたし。数学の非常勤の先生に教科書よりもっと詳しい本ないですかと訊ねたことがあるのを思い出しました。(高木の)解析概論がいい、今度貸してやると言われたのですが、私が催促しても「忘れた」とかゆーて貸してもらえなかったんですね。ε-δ論法にもっと早く出会えていたのにと思うと残念です。あと英語は大学入るまでまともな英和辞書を持ってなかったです。解らない単語は親に聞いてました。「そんなのも知らんのか」などと言いつつ喜んで答えちゃう親にも問題があったのでしょう。英英辞書は学校で買わされたので持っていました。説明文に出てくる単語が解らないのでまた英英辞書を引いて…とやっていると文章なんて読んでられないので、じき解らない単語は飛ばして読む癖がつきました。受験テクニックとして知られる奴ですね。大学に入って、英語の授業で周りがみんな使い込んだでっかい辞書を持ってるのにびびってあわてて買った次第。 8.大学では、「自分の頭で考える」ことが重要である。 というかんじで、一事が万事ひねくれていた人間にとって、「自分の頭で考える」を止めることすなわち敗北を意味していました。試験ともなると自分で証明を考え自分で単語の意味を開発し自分で漢字を創造し、自分で化学反応や歴史的人物や国名をでっち上げ、どうしても解けないときは諦めて寝ていました。当然赤点がつくので再試験になるのですが、どこまでが試験範囲でどういう問題が出るのか実際の試験を前にしてはじめて認識した私はやっと重い腰を上げて自分の頭で考えつつ一夜漬けを仕込むので、本試験で25点だったのが再試験で82点とかいう状況がしばしば発生していました。 結論.1〜8を中学高校で実行すると嫌な生徒になれる。 |
| 2004年6月4日(金) 天気:はれ |
| 中学高校の話を色々思い出したので少し続けてみます。 授業中どうして寝てばかりいたかというと夜に寝てなかったからで、どうして夜寝てなかったかというと勉強してたからです。部活でくっちゃべったりくっちゃべったりくっちゃべったりしてからバスと電車と電車に揺られて家に帰って、間に合った時はNHK-FMのクラシックコンサートのエアチェックをセットしてご飯を食べながら聞いて、くたびれたので12時くらいまで寝ます。起きてるときは手慰みに10時ごろから気象通報を聞いて天気図を書いてみたりします。目を覚ましてから冷えた風呂を暖めなおして入って、さっきのエアチェックだのシベリウスだのマーラーだの聞きながらうだうだと(好きな教科の)勉強をします。もちろんやりたいところをやるので、授業範囲のはるか先まで手を伸ばすのは当然(というか今授業でどこをやっているか覚えてすらいなかったり)、章末問題まで全部解いてしまってああこれで授業中大手を振って寝てられるということもありました。宿題が出ているときは(宿題が出ていることを覚えていた場合ですが)嫌々やることもあります。やらなくていい、ないしやりたくない教科の場合は思い出しても放っておきます。宿題の再提出の再提出の再提出の再提出くらいでこれで出さなかったら1つけるとか先生に脅されて〆切はいつだからと言われたその〆切を過ぎていよいよ明日は成績会議とかいう段になってはじめて手をつけたりするわけです。ちなみに期限を過ぎて仕上げた宿題は先生がいない時を見計らって机の上に放置しておくのが効果的です。問いつめられたときに「先生が捕まらなかったんです」などの言い逃れが可能です。明け方くらいにやっと着替えて布団に入り、うとうとし始めた頃にオーディオのタイマーのスイッチが入ってシベリウスやマーラーで目を覚まします。朝ご飯にコーヒー一杯飲んだくらいでまた電車と電車とバスを乗り継いで学校に行き、やっと眠れる時間が始まります。もちろん寝てると怒る先生もいますが、何度注意されても執拗に寝続ければそのうちたいていみんな諦めてくれます。無理くり起こされて「何してた」なんて問われることもありますので正直に「睡眠学習してました」等と答えます。「何時に寝た」「朝の五時です」「何時に起きたんだ」「六時半です」「何で起きてたんだ」「数学の予習してました」数学以外の教科の場合はたいていこれで引き下がってくれます。数学の授業中にはなるべく寝ないで、古文の助詞の書き取りか何かしてるといいです。先生に見つかると「この問題解いてみろ」ときますのでさくっと解いて差し上げると、それ以来授業中に何をしていても先生は注意してこなくなります。逆に英語の某先生の授業など、面白い時はなるべくがんばって起きていました。たまにうっかり寝てしまうと「今日は某先生の英語ギャグを聞き損ねた」などと後悔することになります。いつだったか授業がど下手な地学の非常勤の先生が来ていたときはじき誰も授業を聞かなくなってしまい、私の席は教卓の真ん前の席だったので隣の女の子と先生と三人で教科書を眺めながらずっと雑談していました。もちろん授業中いつも寝てばかりでは芸がないので、時々は「寝ているふり」をしてみたりするわけです。寝たふりをして腕の間からタイミングを伺い、机間巡視中の先生に机の間から足をひっかけて転ばせたこともあります。さすがにこの時は机ごと蹴倒されました。あと、これは普段から剽軽で知られていた友人がやったのですが、さきの英語の某先生の授業中、眼鏡のレンズの形に紙を切り抜いて、池田理代子ばりのお目目を描いてレンズに張り付けます。そのまま俯せに寝ていると先生が注意します。視線が集中する中むっくりと起きあがった彼の得意げな表情(目は隠れて見えませんが)は今でも覚えていますが、先生の「これが高校二年生か…」という呟きも同時に覚えています。こういうお遊びができないぶん、運動音痴なせいもありますが、体育の授業はつまらなかったです。さぼることだけを考えていました。真面目に受けていたのは音楽の授業だけでした。 |
| 2004年6月5日(土) はれ |
| さだまさしが鬼志別の原野のことを曲にしている、という夢を見ました。「鬼志別の山奥」には「潜水艦の胴体くらいあるでっかい木がごろんごろん」してると思っていたが、「ツアーで鬼志別に行く機会があって」見てみるとそこにはただ「疎らな潅木が雪の中から黒くひょろひょろと伸びて」いるだけで、「まるで抜けゆく自分の髪の毛を見る」ようだった、「鬼志別という地名」からは「鬼というからにはもっと強い」まるで「屋久杉のような巨木」の深山を想像していたのに「そこに」あるのは「ただ、きびしい自然をただ耐えてきた」そして開拓とともにただ拓かれゆくだけの北国の林だった、といった歌詞で、最初は伴奏なしのシャウト風ではじまり、弦楽と打楽器(最初は和太鼓、ついでボンゴないしティンパニとウッドブロックが加わる)だけで最後は16分音符ベースのクラスターが覆いつくして終る、というかんじでした。ショスタコの「死者の歌」みたいなノリの音楽です。気が向いたら譜面に落とすかもしれませんが、なんせ夢の中のことなのでよく覚えてないんでできないかもしれません。たまにこういうわけのわからない曲の夢を見ます。 午後から「下妻物語」を観てきました。友人が10点満点で3.5点をつけていたので楽しみに観にいったわけですが案の定といったところ。やっぱりどうがんばっても4点はつけられません(笑)。深キョン目当てと思しき連中が多かったので、終演後の場内の雰囲気といったらそれはもう。私はもちろん楽しかったです。 別に語る気になんてならないしそんな必要もないんですが一つだけ。作中に「つくば」という地名がまるきし出てこなかったのが潔かったです(阿見や土浦や取手や代官山、筑波山は出てくるわけで)。「つくば」というのは茨城県南の磁場においてはそういう存在なわけで、つまりぶっちゃけて言うとつくば(ないし「学園」)は下妻物語のバカさ加減につき合う資格もない、たんに小賢しいだけの異物、ということだと思います。日ごろ、夜な夜な走り回る暴走族や昼間っから常磐線で酒かっくらってるイバ弁のおっさんをバカにしている研究学園都市(ないし「つくば」)住民はこのことを念頭に置かれたく。「つくば」を舞台にしたバカ映画が撮れるようになる日が来るといいですね。 |
| 2004年6月6日(日) 天気:はれ |
| どうも脳内音楽回路が故障してるらしく、ショスタコとシンプソンを足して二で割ったような(ってほとんど一緒やんけ)変なカルテットを書く夢を見ました。あまりに暗くて変な曲だったので目が覚めてしまった…。 国土地理院のVLBIのパラボラに水をそそぎ込んでみたいとかゆう人がいました。重すぎてバランス崩してひっくり返ると思います。 |
| 2004年6月7日(月) 天気:湿 |
| もうやだー。こんな天気は法律で禁止すべきです。 日記の先週のぶんを埋めたわけですが、なんだか「面白くなければ興味が湧かない」江利子さまモード炸裂ってかんじですね。いや、授業以外のことに関してはいたって普通の中学/高校生でしたよ?嘘じゃないもん。 |
| 2004年6月8日(火) 天気:くもり |
| 夜は雨。肌寒いです。 |
| 2004年6月9日(水) 天気:はんぱ |
| 何のために存在しているのか端から読みにくいような天気だと思いました。 漂流する日本の宇宙政策、責任を巡って打ち上げ再開にゴーサインが出ず。ばーかばーかってかんじ。 |
| 2004年6月10日(木) 天気:くもり |
| そういえば昨日はですね、「ラプソディ・イン・ブルー」の手伝いに行ったらいきなりトップをやらされた上、何故か音楽が途中で前期古典派風になったと思ったらコンチェルトばりの早弾きのソロがうじゃうじゃ出てきて(ヴィオラにだよ)往生したあげく「おどりこさんだったら弾けると思ったのにちゃんと練習しといてくださいよぅ」とか言われる夢を見ました。予め貰ってた譜面にこんなソロなかったじゃないかと抗議して鞄から取り出して見せようとすると楽譜のかわりにどうでもいいごみくずやがらくたが大量に詰まっていて困りました。変な曲書くなよガーシュイン、じゃなくてなんで最近変な夢ばっか見るんでしょうか。 出生率が過去最低の1・29、年金改革法“誤算”。大丈夫、あと1.29くらい下がったらそれ以上下がりません。 |
| 2004年6月11日(金) 天気:H2O |
| 笑うに笑えない、という意味でよろしいでしょうか。 #クラインの壷上でのグローバルな振動方程式をイメージできないんで適当に書いてます サイバーパンクの草分け、ネットの「大混乱」を嘆く。ボカラトン(Boca Raton)ってあのインチキ海賊版楽譜出版社Master Music Companyがあるとこじゃん?やっぱり犯罪都市だったのか。なんてことを真っ先に思ったのは日本広しといえども自分一人くらいじゃないかと思いました。いや、MMCの譜面はいくつか持ってますけど。旧ソ連国内版のリプリントの「草陰の小道」とか。あとウェディング曲集はよく使いました。なんたって安いし。 Bin Laden stars in Rumsfeld pillow talk(暗いニュースリンクより)。自分の日記の文章なみのスピーチなんでなんか嫌なんですが。 かなりなニュースになってるようですが生ゴミからできた材料が餃子・中華まんの具に。これがほんとのRDF(Refuse Derived Foods)って奴で(Refuse Derived Diaryとか呼ばれる音) |
| 2004年6月12日(土) 天気:あめ |
| ハチャトゥリャンの無伴奏ヴィオラソナタ(1977)を最近弄んでいます。ちゃんと取り組もうかなとも思うんですが、ネットで調べてもこの曲の素性が全くわかりません。ヤマハで並んでいるのを見て面白そうだと即買いしただけです。もしかして無伴奏チェロソナタ(1974)のヴィオラ編曲版なのかなと思うんですが、無伴奏チェロソナタの存在自体ネットで調べて知ったくちなので自信がありません。もちろん録音も見たことがありません。曲自体は循環主題といくつかのモチーフを軸にしてそこにクプレの部分を加えた「幻想曲風の」単一楽章です。楽譜だけで十分理解可能な曲なんで余計な予備知識なしで手つけちゃってもいいかも。 終日最近話題の小学校六年生を70分間薄暗い空間でふかふかの椅子に座らせて居眠りと戦わせるサディスティック大会(舞台からの観察によれば敗北者多数だった模様)でした。午前午後のダブルヘッダーです。音楽教室名物楽器紹介で各パートともラピュタとかどらえもんとかサンダーバードのテーマとかキャッチーに走っていたので、ここは一つジャパニーズ・スピリットで行こうと一回目は「北帰行」のワンフレーズを弾いてやったら先生も含めて反応がありませんでした。あとで「誰にも判らんだろう」などと批判されましたがあなたはわかったってことでOKでしょうか御年n歳のEさん。いい曲じゃんかー。もっと臍を曲げて午後の方は「琵琶湖周遊の歌」とか「七里が浜の哀歌」とかやってやろうと思ったんですがいちおう無難に、最近は小学校でも歌うという「翼をください」にしておきました。 こういう時は基本的にその場で思いついた曲を弾くことにしています。ヴィオラはオーケストラの楽器の中でもっとも人の声に“近い”楽器ですから、ヴィオラの特徴を知ってもらうためには「うた」を弾くのが一番いいんで、つまり昔から知ってる/歌っていた曲を弾く場合が多いです。その結果が上記のようになってしまうのはかなり親の責任です。教育委員会主催の行事なのでさすがに軍歌とかはまずいですけど。親父が子守歌に歌ってくれていたんですよ。ちなみに母親はお手玉が得意(自称)で、部屋の片付けでお手玉が出てきたりこたつにみかんが積んであったりするとよく水師営の会見とか歌いながらやってくれていました。たいてい「とっころっはいっずこ、すっいしっえ、わあ(みかんやお手玉があらぬ方向に弾き飛ばされてゆく音)」とかいう調子だったので、二番以降の歌詞は今でも覚束きません。親父の机の抽出を漁っていたら演歌ならぬ「艶歌」の曲集が出てきたことがあります。「ああそれなのに」に「あたしのおソソはゴムじゃない」とかいう歌詞がつけられている替え歌集です。面白かったんですがいつのまにか処分されてしまっていました。 家に帰ってちょっとうつらうつらしてからnkさんの某31歳を盛大に祝う記念オフ会に合流。らんらん→蚊の多い某館長さん宅→カラオケという流れ。最近の曲は知らないので、私がカラオケに行くと結果として童謡や文部省唱歌ばっかという長森モードになってしまいます。あとはmrさんがチャレンジャーだったとか、mwさんが上手かったとか、館長さんはあいかわらずだったとか、川村結花と渡辺美里と谷山浩子率が高かったとかなんとかかんとか。もちょっと時間があったら「Komm, süsser Tod」を歌おうと思ってたのに。というわけで歌三昧の土曜日でした。 |
| 2004年6月13日(日) 天気:いいんだかわるいんだか |
| 「トリスタンとイゾルデ」のスコア買って帰ったら重かったです。紙質が軽いので比重はありませんが、コミケのカタログよりでかい、と言えばわかっていただけるでしょうか。 |
| 2004年6月14日(月) 天気:いい |
| 新技術 :音楽の「サビ」を探し出す試聴機。ヴェーベルンの交響曲のサビとか抽出できるようになったら現代音楽への理解が深まる一助になると思います。4分33秒でもいいです。この技術を応用して「ヴィオラが音程を外しそうなところ」とか抽出してくれたら合奏の前にウィークポイントを探せて練習が楽になりますね。「指揮者が振り間違えそうなところ」「絶対走りそうなところ」これは機械なしでも見つけるのは簡単そうだ。 |
| 2004年6月15日(火) 天気:はれ |
| 国内観光旅行の減少止まらず 03年版「観光白書」。一泊以上の国内観光旅行が最低水準だそうです。夜行列車を増やせば回復できます。 マイケル・ムーア「華氏911」全米上映を妨害する大規模キャンペーンと、その背後にあるもの。2ちゃんねる的祭りを政治家が企業を使ってやってしまう、それがメリケンクマリティ。 ※別にマイケル・ムーアを弁護したいわけでもありませんが。 必ずしも金勘定だけがその存在意義というわけではない何ものか(つまり、現代的なビジネスモデルに乗らない/乗りにくいという意味です)に対し、その存在意義とさしあたって無関係な主体がその何ものかの去就を決定する、という状況は一般に疎外と言って差し支えないと思いますので、CD輸入権問題も球団合併問題も例えば「冷たい方程式」なんかと同じように、疎外の問題です。こういう問題がニュースになるたびに人はとかく「輸入盤買う奴なんてマニアだけだろ」「近鉄やオリックスのファンなんていたの?」と自己防衛につとめることになります。野垂れ死にしてゆくキリギリスを横目に食糧備蓄に励むアリといったところでしょうか。何十年か前の欧米人は日本人のことを働きアリと揶揄していましたが、どうやら本当だったようですね。それにしてもいやあ、ゴドウィンの代表作がイソップ童話と同じ構造を持っていたとは。別に驚くことでもありませんか。 |
| 2004年6月16日(水) 天気:はれ |
| 日差しはあついのに吹く風は寒く、すっかり秋の気配です。あと6ヶ月もしたら本格的な冬の到来ですね。ちなみにあめだすで見たら17時の時点で水戸が17度、つくばが19度、八王子で25度でした。東京など暑い夏がある地方はこれから大変です。がんばってくださいね。 …いや、やませが吹き込んでただけってことはわかってます。 |
| 2004年6月17日(木) 天気:はれ |
| イリヤ視覚化。秋山先生、喜ぶのは構いませんけれどEGFにもそろそろ手をつけていただきたいと… |
| 2004年6月18日(金) 天気:くもり |
| キハ651っていうと鉾田線にいた東横電鉄生き残りの機械式の切妻改造車、みたいですね。何てマニアックなんだゲンダイネット。番号からして関鉄しかあり得ないと思ったら大当たりだったけど検索するまで私も知りませんでした。ちなみにキハ65 1はキハ65 801に改造されて現役らしく、キハ06 51はキハ04の戦後型として |
| 2004年6月19日(土) 天気:はれ |
| 水戸は暑かったです。例によって会う人会う人に「なんで舞台にいないの」などとゆわれました。今度は手伝いに行くので許して下さい。 終演後に某氏と某氏とロイホで延々駄弁っていたら土浦からが終バスになってしまいました。 orz 諸君、私は俳句が好きだ(違。体育座りしている女子中学生を想像するのは何か間違ってるでしょうか。いや秋っていったら体育祭なわけだし。 |
| 2004年6月20日(日) 天気:あつい |
| 扇風機を出しました。風があることもあって日向でも汗だくになる、という感じではありません。たんに鬱陶しい、という感じの天気。 午後から某土浦交響楽団の手伝いの練習。帰りは家まで送ってもらって、まいどまいどすいませんって感じです。 |
| 2004年6月21日(月) 天気:くもり |
| 何もしない人ほど批評家になる(つぶやきくんより紹介)。《あなたの批評家度テスト》を見てどうせ12点(満点)だろうと読み飛ばしたので、おどりこはキング オブ 批評家のようです。そして私の周りにいる人はきっと誰もがキング オブ 批評家だろうと思います。向かいに座ってる奴といつ論争が始まってもおかしくない。刺すか刺されるか、そんな雰囲気がいいんじゃねえか。批判に目をつぶる鎖国指向はすっこんでろ(ぉ。まあ、キング オブ 批評家としてはここで批評しないと筋が通らねえんだが、全体として「批評はよろしくない」と主張しておきながら、批評に陥りがちな人を「そんな人生つまらない」「負のスパイラル」などと批評しちゃってるあたり詰めが甘いなと思います。 |
| 2004年6月22日(火) 天気:あつ |
| ミ ∠_) / / \\ ウイーン Γ/了 | | ウイーン |.@| | | ガッガッガッ | / | 人 |/ | < >_Λ∩ _/ | //.V`Д´)/ (_フ彡 />>今日の天気 天下のおどりことしてはほんとうは書き足りないことも多いんですけど、その2についてちょっとだけ補足です。今考えてみると、自分がほんとうに数学が「わかった」と始めていえる、いいかえれば数学をはじめて「信じる」ことができた、それは実はその時が最初だったんじゃないか、と気づいたわけなんですが。それまでも数学は得意科目だと自分では思っていたんですけど、たぶんほんとうに好きで勉強してたんじゃないです。ほんとうに好きだったのはクラスメートかつ同じ部活だった数学ができる女の子でした。習熟度別クラスだったので、彼女と一緒の数学のクラスになりたい、と思っていて、(何せ理系コースでしたから、数学が同じクラスでないと彼女と同じ教室にいられる時間が結構減ります)つまりはそのために勉強していた、というのが事実です。私の当時の数学のテストの点数がわずか半年で赤点ぎりぎりから平均80点以上にはね上がったのはたんにそういう理由です。本当です。もちろんそんな片想いはあえなく玉砕したわけですが、コイバナに関してはてんでへたれだった諦めの悪い私はたんに何か悔しい、という感情のもとにずるずると数学を勉強し続け、それでほんとうに数学が「わかった」といえる体験にやっと遭遇したわけです。その頃には同じように数学が得意な、別の部活で一緒だったいっこ下の変わりものの後輩が好きでした。部室で参考書の問題を一緒に解いたりもしていました。高校ではセンター入試対策として学年の別なく行われるマークシート式のテストが年一回行われていて、成績優秀者は職員室前に名前と点数が貼り出されていました。いちおう全学年共通の試験ですから、高二や高一で貼り出されることは受験戦争まっさかりの先輩たちと肩を並べられるということを意味します。そんなテストで、数学で彼女と同じ点数を取って並んで張り出されたことがあります。示し合わせてヤマかけたわけでも何でもないんですが(半分は選択問題だったし、私と彼女は全然違う問題を解いていました)、クラスメートにさんざん冷やかされたのですが嘘じゃありません。彼女が今、どこでどうしているかは知りませんが、結局私はなんだかんだ言いながら数学を飯の種にしていたりします。世の中、たぶんそんなもんです。 |
| 2004年6月23日(水) 天気:あづい |
| 熱暴走すると昨日みたいなのをたれ流してしまうので天気におかれましては何とかしてほしいものです。 暑いので馬鹿馬鹿しいものが読みたくなったので「蹴りたい田中」を。…ああ、「蚊-か-コレクション」の人ね。駄洒落のお蔭で適度に涼むことができました(ネタがわかんないのも多かったが)。 オコソトノホモヨロン。 |
| 2004年6月24日(木) 天気:はれ |
| 今日もあついので青空文庫で「草木塔」(山頭火)を読みふけってみます。「安か安か寒か寒か雪雪」熊本での句。「いそいでもどるかなかなかなかな」どこで切ればいいのかなかな。「しんみり雪ふる小鳥の愛情」何か全然別な想像が。小鳥みたいのがずっとそばにいたら日本文学史を代表する自由律の名句の数々も生まれなかったかもな、とか。 というわけで、旅行記のコーナーの旅行記として独立しているほうのタイトルを「炎天のレールまつすぐ」にさせていただきました。これは、自分はけして到達しえないだろう先達に対する純粋なオマージュです。こらそこ、麻枝とかいうんじゃない。小鳥で脱線してる奴に言われたかないですって。ごもっとも。 |
| 2004年6月25日(金) 天気:あめ |
| 梅雨らしい天気。梅雨らしさを歓迎しているわけではありません。 |
| 2004年6月26日(土) 天気:くもり |
| 芹沢鴨のことを鴨長明とかゆってしまいました。 |
| 2004年6月27日(日) 天気:はれ |
| ということにしておきましょう。曇ったり雨がぱらついたりもしたけれど。 豊里で練習です。昼休みに外の木陰で無伴奏とか弾いてたらノシメトンボがいっぱい飛んでいました。まだ赤くなってない、尻の青い、じゃなくて胴の黄色い若僧ばかりです。弓を差し出してやると先にとまってきます。 |
| 2004年6月28日(月) 天気:ΩΩΩな、なんだって〜! |
| 「キバヤシライス」というフレーズを思いついたので多分何かの陰謀なのだと思います。 |
| 2004年6月29日(火) 天気:くもり |
| 昨日みたいので一発ネタにしようってのは本来無理があるわけで、本当ならキバヤシマスミ(保険金目当ての大量殺人なんだよ!な、なんだってー!!)とかゾウキバヤシ(武蔵野の生態系が破壊されてしまうんだよ!な、なんだってー!!)とかタヌキバヤシ(タヌキ型宇宙人からのメッセージなんだ!な、なんだってー!!)とか誰も読んでくれなくなるまで連発しなければなりませんでしたね。最近調子が悪いです。 |
| 2004年6月30日(水) 天気:はれ |
| 別にどうでもいいんですが、「A級ライセンス」と「永久ライセンス」って区別がつかないと思いませんか。 ドラッグストアに行ったら併設の100円ショップコーナーで買うか買わないかで喧嘩しているカップルを見つけました。ちょうど私が色々物色したい棚の真ん前でやってらっしゃったんですが。あまりに微笑ましかったのでこいつらが税込み105円をめぐって喧嘩してる間に世界中で何人の人が飢えで死んでいるのだろうなどと想像してみました。ちなみに一分間で28人だそうです。なんてことを考えていても飢餓がなくなるわけではないし物も買えないので間に割り込んでってやりましたが、精算する時に見てみたらまだ喧嘩してました。カップルや夫婦で喧嘩したらその都度赤い羽根でも野生動物保護基金でもいいから105円づつ寄付する、という社会的コンセンサスが形成できればいいのになどと思いました。名付けて「犬も食わない105円運動」。駄目ですかそうですか。 |