日記

過去日記


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2003年5月1日(木) 天気:まぶしい
また肩が痛いです。温泉浸かってのんびりしたい…

こういうの好き
2003年5月2日(金) 天気:ぐっど
以前コピー誌上で発表したものを加筆訂正しました。てか、急いで作ったから校正もなんにもせずに出しちゃったんだよな…。読み返してみるとなんか無茶苦茶でしたね。まだ無茶苦茶ですって。すいません。
2003年5月3日(土) 天気:はーれ
松屋のいうところのサラダキムチは微妙に唐辛子の多いただの浅漬けということが判明しました。予想通り不発です。ま、以前からあった松屋のキムチがどうだったか考えればわかりきった結果だったのですが。頼む、食品業界よ。キムチってのは市販のコチュジャンをまぶした野菜のことではないのだよ。
2003年5月4日(日) 天気:ナイス
床屋で「このへんは床屋が多くて大変」などと床屋談義。髪が太くて癖っ毛で量も多いので「ベッカムみたいに専属ヘアスタイリストが要りますねえ」なんて話してました。

それから実験植物園へ。前に行ったのがいつだったかも思い出せないくらい久しぶりですが、育ったということか、なんか木々が鬱蒼としてます。花の時期には少し早くて、草本はまだ出ていないものも多かったです。クレマチスもまだつぼみばかり。新しい方の熱帯温室ではGパンにヒョウ柄のシュミーズで水撒いてるお姉さんがいました。展示物かと思った(ぉ。柳の綿毛が西日にいっぱい舞っていて、それは幻想的でした。
2003年5月5日(月) 天気:はれ
筑波鉄道は土浦から筑波山麓を通り、岩瀬までを結んでいる全長40.1kmの非電化ローカル私鉄です。地元にあるにもかかわらず普段の動線から外れていることもあってあまり乗ったことがなく、途中の樺穂から岩瀬までが未乗になっていました。なので連休最後の月曜日を利用して乗りにいくのです。え、線路が自転車道路にしか見えないですって。時刻表を見てもバス路線しかないですって。心眼の鍛え方が足りませんね。

…というわけでマイ自転車≪「最速、だよ」号≫で走ってきました。起点の土浦まで行くのもアレなので、自宅の最寄り駅である田土部駅から最短コースを取り、旧田土部駅ふきんから乗車乗り入れます。
自宅←5km→(田土部)←10km→筑波休憩所←10km→真壁休憩所←5km→雨引休憩所←5km→岩瀬休憩所。総走行距離 70km

10時半過ぎ、自転車の空気を入れて出発。平塚線に出るといきなり向かい風で嫌になります。晴れの予報が出ているのに風向きは北東。桜へ直進するとアップダウンが嫌なので給食センターから藤沢豊里線を栗原地内へ。桜川の橋を渡ると前方に田土部の駅を転用した休憩所が遠くからも見えます。道路は鉄道現役時代に立体交差化されていて、今はただ無駄なアップダウンと化しています。盛土の脇の側道から入り、筑波山の方へ進路を取るとまた向かい風。左斜めからの風が右斜めからになっただけです。風が強くなるたびにギアを落としながらしばらく進むと山が近づいてきたところで常陸小田。駅の手前に小田城という小さな城の遺構があります、鉄道は城址を斜めにつっきっていたのですが、自転車道は今は空堀になっている外郭沿いにぐねぐね迂回しています。線路に戻るとすぐにあるのが小田駅。ホーム上に関鉄タイプの駅名票の枠だけが残り、隣の名所案内板だったペンキも剥げたこちらは国鉄タイプの標識には選挙か何かのポスターが貼られていました。「最速、だよ」号は快速なので、車内に「ただいま 常陸小田 駅を通過」と電光表示が出ます。田んぼ道をまたしばらく行くと常陸北条。そばの養鶏場から独特のにおいが車内に漂ってきます。常陸北条の駅は島式のホームはそのまま、駅舎と貨物上屋があった方の片面ホームは上は宅地になっていました。ホームの上に柵を作って、家の敷地がある感じです。ここも通過駅です。

北条の地内を抜け、山の端を抜けると正面の筑波山から容赦なく風が吹きつけてきます。筑波山本体と手前の北条の山の間の「つくばねゴルフ場」のあるサミットから吹き下ろしてくるようです。山が近づけば風も収まるのでしょうが。ギアを落としてひたすら前進。路肩には桜の幼木が並んでいます。人や団体の名前が書かれた名札が下がっているので何かな〜と思ったら、路肩に小さな看板があって、そういう植樹をする会みたいなののがあるみたいに書いてありました。結婚、誕生などご家族の記念にどうぞ、なんてあります。山腹に大鳥居が近づいてくると線路は左に折れ、沼田の集落に入っていきます。ほどなく筑波駅到着。列車はいつものように2番線に到着しますが、駅前のSPARで飲み物を買いたいので手前の農道との踏切交差点で一般道に出ます。駅前を通過して…SPARは閉店していました。あたりには他にコンビニ一軒ありません。

筑波鉄道廃止後、駅の建物は現在も関東鉄道つくば北営業所として現役です。土浦岩瀬自転車道「りんりんロード」全線開通を機に駅構内が筑波休憩所に改装された折りに、まだ残っていた改札の部分が改装され、かつての鉄道の待合室は営業所の事務室、一番線は物置と化していて、バス停にくくりつけるダイヤ変更掲示用のベニヤ板が積んであったりしました。飲み物を買おうと、これも鉄道時代からある外の屋根つきのバス待合コーナーの自販機に近づくと小僧が一匹います。「ねえ」
一瞬、誰に話しかけているのだろうと思ったのですが、親らしき姿が隣の売店でくっちゃべってるばかりで、他に人はいません。
「ん?」
「これ、ビン?カン?」小僧はコーラのアルミのボトルを手にしています。2メートルほど先に分別用のくずもの入れが並んでいます。
「それはカンだよ」
「ねえ?これ、入ると思う?」そう言って投げるそぶりをします。「カン」とマジックで書かれたそのごみ箱に投げ入れてみたいのでしょう。
「入るんじゃん?」というと何を躊躇っているのか、んふー、とまたこっちを見ます。
「やってみ?入るよ?」小僧はボトルを投げ、それはへりに当たったもののそのまま中に落ちました。
「入ったじゃん」
「あのね、コントロール悪いの」野球でもやっていて、友達に何か言われでもしたんでしょうか。
「入ったからいいんじゃん」「ねえ?」また聞かれます。「どこから来たの?」
「つくば市内。大学の方だよ。自転車でこれからずぅっと」
「おら、のりのりバスで来たの」
「そうなんだ」
「今から帰るの」
「じゃ、待ってんだ。まだまだ時間あるんじゃない?」
「もう、バスは出たから」よく判らないことを言います。ふうん、と相槌を打ちながら自販機にコインを放り込むとまた近づいてきます。
「何買うの」
「うーん、これ。ポカリスウェット。途中で飲みたいからね」がこん、と取出口から音がすると、小僧はそのアクリルのふたを上げてくれます。
「どうもありがと」
「どういたしましてっ」跳ねるように言うと文字通り飛び跳ねて、売店の方にいる親の方へ行ってしまいます。ペットボトルを一口飲んでバッグに納め、それじゃね、と言ったのですが小僧はもう向こうの方で、声は届きませんでした。

次の停車駅は真壁、真壁と放送が入ります。発車出発してすぐ、125号から神社方面へ向かう跨道橋をくぐります。側壁には通信線の支持金具がまだ残っていました。沼田の集落を抜けるあたりで線路前方を家が建ちふさいでいます。ここから線路はしばらく県道バイパスと併用、全国でもめずらしい非電化の軌道線跡はしばらく県道のバイパスとなり、自転車道は歩道と共用になります。ここは125号から真壁方面へ分岐する場所なのに道路事情が悪かったところで、廃線後まっさきに道路に転用されたところです。致し方ないことではあります。歩道にペイントされたガイドどおり信号を渡り、すぐに上大島の駅を通過があったところですが今は跡形もありません。次は酒寄ですが、知らないうちに通過道路端の盛り土のような駅の遺構は見落としがちです(行きは見落としました)。山の端が突き出したところで線路跡は道路と分かれ、やっと自転車道が復活します。
2003年5月6日(火) 天気:高曇り
蒸し暑いです。

昨日の続き。

ここからしばらくの真壁町内の区間は自転車道として最初に開通した場所で、何を考えたか変なパンプがあったり無意味に路肩がぐねぐねしていたりします。遊びのつもりなのでしょうが例えばここを用事で毎日通る人なんかにはたまったもんじゃないでしょう。足が疲れていなければアクセントとしては面白いといえるかもしれません。あいかわらず向かい風です。農家の庭先で堂々と泳ぐ鯉のぼりが嫌味のようにこちらに尻尾を向けています。振り返れば後方の山すそにつくし湖の堰堤が見えるはずですが後ろを振り返る余裕もなく、しばらくすると前方に島式のホームが現れます。こんなところに駅あったっけ紫尾を通過します。と、前方の踏切車道の交差点脇に節句の幟が立っています。立っているのはいいのですが、お子さんの名前らしき「萌」の一文字が風に吹かれて踊っています。何か別なものを想像しながら先を急ぎます。

カーブの前方にコンクリの土止めが見えます。常陸桃山です自転車の休憩施設にも転用されずに佇む廃駅のホーム上は隣接する民家の裏庭状態、色々なものが置いてあります。駅のそばなので当然その先に踏切があるのですが、路面に長く光るものが埋め込まれています。踏切でレールの間を埋めるための鉄枠のコンクリの敷石だけが埋められて残っていました。一瞬線路が残っていたようにも見えます。こんな踏切はこの先にもいくつかありました。長かった10kmの無停車区間も終わり、カスミの傍らを過ぎると前方は真壁の駅構内でした。列車はポイントの上で揺れます。ここも休憩所です。「りんりんロード」の休憩所は沿線自治体ごとに一カ所づつ設置されているようで、起点側から土浦(土浦市)、常陸藤沢(新治村)、筑波(つくば市)、真壁(真壁町)、雨引(大和村)、岩瀬(岩瀬町)となっています。休憩所に立つマップによると藤沢〜筑波間は12.8kmと長く、間にある常陸北条なんて大きな駅だったのですがまあ、仕方ないのかもしれません。なだらかな芝生からホームの土止めが覗いているさまは遺跡かなにかのようです。真壁は御影石の街だけあって、あちこちに石造りのモニュメントがあります。
2003年5月7日(水) 天気:あっつい…な…
絶賛前線接近中なので別にいいんですが。

仕事場の図書室で本を探していたらぐっちゃぐっちゃになっていて困りました。シェルフリーディングくらいしてください。自分で直しちゃいましたよ?てかあそこ司書の人いないのね。「高校時代は図書委員ですた」なんて(おんな)が事務にいたりしないのかな…。
2003年5月8日(木) 天気:あめ
居室はカーテン一枚で高温を発する実験装置(MPUとかぢゃないよ)がごろごろしてるので四六時中エアコンが入っています。が、この部屋は集中冷房方式(※)であり、冷房吹き出し口はカーテンのこちら側にあります。とおっても寒いです。
※実験棟なので年がら年中空調が入っているのです。居室棟は7月まで冷房なしです。

雨雲が筑波山の上半分を覆っています。山のそばなんだなーという風景。

…夕方になってどんどん冷えてきました。凍えて死ぬぅ
2003年5月9日(金) 天気:すっかり晴れ
ちょっとした用事があって実家に戻りました。寝ていた猫の上に上着をかぶせて遊んだりしていたら毛だらけです。

イギリス人め…

そうだ、実家に戻る電車の中の話があったんだった。夜遅くで本数もない電車で座ってたのですが、前で日経新聞を熟読してるおっさんのスーツのズボンでチャバネゴキブリが一匹、歩き回っていました。赤ら顔のおっさんが帰宅途中に寄ったに違いない都内のメシ屋だか飲み屋だかから一緒に常磐線を乗り継いできたのか、ボロで有名な七光台研修区の東武8000系なのでごきごきの棲家に適していたのかは不明ですが、おっさんのズボンの、局所的にトーラスに近似できる領域でごきごきは何を探すのか、おっさんの降りる駅に近づくまでずっとうろちょろしていました。
2003年5月10日(土) 天気:はれ
なか卯のカウンターでセットを待っていると、向こうの四人席の男子高校生の集団の方からの「やっぱ女は真の男に惹かれるんだよ」という声が店内に響きました。手前のテーブルにいた二人連れのOLがぷっ、という顔をしているのが見えました。

しばらく楽器を弾いていないので肩が痛いです。
2003年5月11日(日) 天気:振り袖降らない(古)
土曜日の思い出しネタもう一つ。石丸の筑波店は楽器関係商品の一掃セールでした。半額のヴァイオリンの弦はクロームコアが若干残っている程度。誰か買いあさったに違いないです。

午後はT桶の練習。久しぶりな面子がちらほらと、って自分が久しぶりなのか。

夜はchatの面々でひたち野うしくのカプリチョーザ。一人用メニューある店なんですね。今度行ってみよう…って一人でかい。4人セットを頼んで、久しぶりにちゃんとしたもんをたらふく食った気分です。
今日のキーワード:「体育倉庫や屋上」「金持ちの子弟」「公民の先生」「こじけん」
2003年5月12日(月) 天気:しめっぽい
すっかりこういう季節。仕事場から見るつくばの街は冬の間はいちおう建物に建物が重なって見えるのですが、春になって木々が芽吹いてくると間に緑色の海が広がります。湿度が多いと筑波山もあまりよく見えません。

そんな仕事場で。インドからきた人が「東大寺や鎌倉などの座った大仏は創造を、牛久大仏のような立像は破壊を象徴しているのだ」と日本人から聞いたのだ、などと主張しています。それが証拠に牛久大仏の周りは墓地ではないか、なんて言ってます。そりゃシヴァ神です…。

今日付けの日刊工業新聞の一面トップにとらのあなの店舗内写真が…。
2003年5月13日(火) 天気:はれくもり
ネットワークプリンタの利点の一つは、パソコンから何か印刷をするたびにプリンタのある共通事務室まで往復するのがちょっとした運動になることです。

某団体の誰かさんがやかましくてしょうがない会議のために通された某ファミレスの奥の方の席は、そのブロックだけ隔離できるよう天井にブラインドがついている場所でした。何に使うんだろう。

なんとなく思いついたもの:ロサ・キネシス
「80words/s以下なんて薔薇の名が泣くわ」
2003年5月14日(水) 天気:くもり
私信:えっと、&nbspのあとに";"がないとNN7(Win98)は嫌がるみたいです…。途中から消えております。訂正されています。対応多謝です。

最近買ったCDをなんとなく紹介します。

・ベルリオーズ 幻想交響曲 op.14/レリオあるいは生への復帰 op.14bis (インバルとフランクフルトの'87の奴ね。DENON COCO-70482-1/2)

10年くらい前に話題になった奴の廉価版。音じたいは友人のところで昔聞きました。フランクフルト響が結構繊細な弾き方をしていて面白いのです。このノリでシューマンやメンデルスゾーンの交響曲を聞いてみたい。レリオもいつかやりたいんですが地方在住のアマチュアじゃ無理ですか。

・アンタイル バレエ・メカニックほか(スポールディング/フィラデルフィア・ヴィルトゥーゾ NAXOS 8.559060)

帯で煽ってるほどぶっ飛んだ曲じゃないです。電気ベルの音はずいぶん小さいけどこんなもんなのかな。

・スーク ピアノ曲集「六つの小品」「お母さんについて」「気分」 (ラウリアラ NAXOS 8.553762)

スークという作曲家は基本的に「ちょっと暗い」「結構暗い」「すごく暗い」の三種類しかない人なわけです。好きじゃないと聞かないよなあ普通。好きだけど。

・ヴォーン・ウィリアムス 歌曲集(ジョンソン、キーンリーサイド、ジョンソン、デューク・カルテット NAXOS 8.557114)

うーん泥くさい。お目当ての「On Wenlock Edge」はもうちょい何ですかその、クリスピー感が欲しく。ちょっとどうでもいい曲に聞こえてしまうのはいただけないです。

…なんか安い奴ばっかじゃん。
2003年5月15日(木) 天気:あめ
今日発行のつくば市報、一面が大々的にTXの車両の写真、二面に苫小牧大洗航路の「ばるな」。わーいわーい>読むところが間違ってます

今日のOrigin。何が錆びたのかと思った。何もカタカナにせんでも。

私ならあれこれ考えずに貰っちゃうかな。あと、JR東の説明書きだと、履歴印字(50件の奴)は深夜〜早朝は印字できません、とあるので、こちらはオンラインに乗っているきがします。
2003年5月16日(金) 天気:くもり
ここしばらくは肌寒い天気が続きそうな気圧配置です。ベランダに小さなプランターを作ってひまわりとあさがおを植えたんだけど、本葉が出てきたとたんにこの天気だ。あと種が結構残ってるんだけどこれもどうしようか。洗濯も溜まってるし困るなあ。
2003年5月17日(土) 天気:たかぐもり
朝のうちは雨降ってました。

今日は水郡線の快速トロッコ列車「奥久慈風っこ号」の運転日でした。この陽気じゃ「風邪っこ号」になってそうだと思ったものです。行きの水戸駅でちょうど発車するところ、昼から時間が空いたので川又で新書二冊仕入れてロサ・カニーナまで行ってベンチで2時間かけて読んでいると折り返しが通過していきました。駅だったからかもしれませんが、結構ゆっくり走るんですね。後続の普通列車で水戸に戻ったところで行き止まりホームの1番線に引き上げてあるのにまたご対面。吹きさらしの車体はやっぱり寒そうでした。

静駅は待合室も屋根は波板が乗っているだけの吹きさらしの無人駅ですが、降りたときは高校生がタバコ吸ってたりとそんなに静かじゃなかったです。誰もいなくなったらいい雰囲気の駅に戻りました。
2003年5月18日(日) 天気:くもり
筑波大学管弦楽団の定期でした。

ステージセッティングですが、ヴァイオリンの方だけ後ろをずいぶん上げたのはどうかと。というか、ヴィオラ/チェロが逆に「もぐった音」になっていて差があるように感じましたし、ノバの音響特性上、プルト一人とかになるときついのではと。シューマンはよく頑張りましたね、というかんじです。実は相当に難しいわけですよあれ。好きな曲だけど。

音楽の内容は小田野さんだなあ、といったところ。弦は人数が多いぶん重たいのはわかるのですが、もうちょいあの踊りについてってくれたらいいなあ。今でも「もっと動け」と言われてるんでしょうか。折角一緒に弾いていただいてるんだから、佐々木さんをもっと見習ってほしいです。

アンコールはロサムンデの間奏曲でした。
2003年5月19日(月) 天気:あめ
気象庁は南岸低気圧通過時には降水確率を100%にするべきである。降るほうに外してばっかりじゃないか。馬鹿。

「寝込んだ理由を調べている」。「眠かったから」でしょうね。これ確実
2003年5月20日(火) 天気:くもり
信鳬、という意味だったですか。

ひまわり、あと一日。あうあう。

しばらくぐるぐるしていたら突然、IEがこんなことに。口で説明すると「任意の場所に文字列を挿入できるようになって」しまいました。ひととおり遊んでスクリーンショットを取り終わったら直っていました。

夕方から大雨です。「つくばのほうに真っ黒い雲が」と親から電話がかかってきました。練習行く時間になっても降り続け、仕事場に手持ちの傘を全部置いてきてしまっていたので困りました。覚悟を決めてバス停まで走るわずかの距離で捨ててある傘を発見…完全に壊れてました。これはちょっと恭子にも直せないですねえ。もちろんないよりはマシなので大学病院のバス停から公民館までそれを「かぶって」行きました。いい加減ちゃんと傘を買わないと。

夜はデニーズの千円ディナー。女性には食べでがあるみたいです。まだ雨が降り続いているので、毎度のごとく某嬢に乗せてもらって帰宅。
2003年5月21日(水) はれ
あさがお用の棒を買ってきました。それはそうとMSIMEで「あさがお」の変換候補に上がる「蕣」は手許の漢和辞典ではむくげの意味だそうです。大辞林で引くとたしかにあさがおで「むくげの異称〔名義抄〕」という記載があるのですが、名義抄に「(あさがお)」という用法が載ってるってだけなんでしょうか。大辞林で調べるとこの名義抄=類聚名義抄は平安末期の漢和辞典みたいなもんだ、と判るのですが、千年ちかく前の情報入れるくらいならもっと色々変換候補に入れてくれ。ぐぐってみると季語にからんだ解説ばかりですね。俳壇では知られた用法である、と。
2003年5月22日(木) 天気:はれ→くもり
やっとオホーツク海高気圧が天気図上で形になってきた気がします。でもこの気圧配置も一月持たないのよね。いや、前線が這い上がってくるだけなわけだけど。しかも何か台風とかいるし。前線が上がっていたときにこいつが寄ってくると絶対また大雨です。
2003年5月23日(金) 天気:はれくもり
カーテン一枚越しの実験設備に放熱のため巻きつけてあるアルミホイルが焼けるにおいが、クリスマスにオーブンで焼く鳥の足のグリルを思い出させるので困ります。

高校の文芸部の後輩が、白い小さな箱に金魚の死体を入れて埋葬すると箱の中で金魚の死体が溶けて赤い液体になって永遠にそのまま、といった詩を部誌に投稿したことがあって、その生々しいイメージが妙に焼きついて思い出すたび困っているので、「泳いでいる金魚が挽肉になってオレンジヨーグルト」(5月20日分)みたいなのは非常に苦手です。よってワタシ的にはguilty

朝方見た夢。膨大な前振りがあるのだが印象的なラストだけ。片手で持てるくらいのその茶色っぽい動物(モモンガと猫の中間みたいな、目がくりっとした可愛い動物)が手の届かないところへ逃げようとするので捕まえる。なでなですると毛が気持ちいいのだ。すばしっこいのがふと動きを止めた瞬間に前足の少し下あたりをひょいと片手で掴んでやれば何事もない。飼い主につかまえてもらっているとすぐ判るのだが、少し手が滑ったりするととたんにとち狂ってじたばたと暴れ爪を立てるのだ。うまく捕まえるのに失敗してもひっかかれたり噛まれたりしてちょっと痛いだけ。今もちょっとタイミングが合わず、動物は何かに襲われたと思って手の中でじたばたする。うっかり落すとそのまんま逃げていってしまうのできいきい暴れまわるのをしっかり捕まえると何を血迷ったか中指に噛みつき、小さい口できゅうきゅうと吸いはじめる。本気で吸っているらしく血が吸われている感覚まである。こらこらおっぱいと間違えてるんじゃないこいつは、早く飼い主に気づけと思うと同時に目が覚めた。指の先に鋭い爪と歯形、なんだか血が足りなくなったような感覚が残っていた。
深い意味はきっと全然なくて、多分実家の猫とこれこれが混ざったんだと思う。駄目すぎる。
2003年5月24日(土) 天気:はれ
昨日は本当はもう一つ夢を見ていた。二度寝の合間のわずかの時間によぎっていった鮮烈な感情だった。夢の中での自意識はイデアと実体、撮影者と被写体といった双対性を足がかりにしてその世界の中を自由に泳いでいくから、その乗り換えが鮮やかだったとき、夢から覚めた人はそこに何かの表象を容易に読み取ることができる。昨日のその二度寝のときの夢はそれの意味するところがあまりにもあからさまで、夢のちょっとした「引き」のとき、何か少しでも刺激があれば目が覚めてしまうくらい眠りが浅くなった時にもうこの夢をこれ以上見続けても意味なんかないよね、と自己分析して起きてしまうことができるほどだった。いったいその夢の中での自意識がどんなに甘美な体験をしていたところで、その夢の意味が結局悪夢=現実の延長上にしかないと気づいてしまうとその時点でそんな夢は単に現実=悪夢でしかなくなる。いや、これはもちろん現実が自分にとって相応に悪夢であると感じられる場合の話だ。いや、だからこそ、夢の中の甘くてかつヴェール一枚先のものであるかのような心地を起きたあともずいぶん引きずっていた。上に書いたようなことは理屈では判っていても感情がそれで変わるものじゃない。ただ、その日じゅう、その夢の記憶に繋がるような諸々の事象(件の夢はある意味、とても日常的な表象に彩られたものだったから、起きて普通に生活してるだけでその夢を思い出すことができる場面にはいくらでも遭遇する)にふとニアミスしては、脳裏に呼び起こされる夢の先にただ自分の顔を鏡に見るような現実を見出すばかりだった。
2003年5月25日(日) 天気:はれ
コルレーニョをばんばん弾いていたら何故か感動されました。たまに胴箱に当ててしまうのがアレです。
2003年5月26日(月) 天気:くもり
一生の思いでになるんだろうなぁ…

旅行記、お待ちしておりました。MLえちごは4月から485系になって、座席が微妙にボロくなったのがあれです(以前はグリーン車の椅子でしたから)。

で、その関係で下りは新潟止まりということに。朝に村上を出る新潟行の快速があるのですが、これがMLえちごの車両の折り返し運用だったのです。これは朝の通勤列車であって新発田あたりからいつも混むので、一車両にドア一つの485系を入れるわけにはいかんわけです。新潟から先を通勤型車両に置き換えて一件落着。

秋田内陸縦貫線内を寝て過ごすなんて贅沢、私には無理です…。鷹ノ巣で転線した理由ですが、「縦貫線から本線の弘前方面に直接入れなかった」「客扱いの関係で、縦貫線のホームで客を降ろさないといけなかった」の二通りが考えられます。降りてじっくり眺めたことがない駅なのでよく覚えてません。弘前からの列車は完全に帰りの通勤通学時間帯ですね。
2003年5月27日(火) 天気:くもりときどきあめ
玄関で足さらさらスプレーを使うたびにガス漏れ検知機がぴいぴい言って困ります。あれの開発者ってのはみんな玄関とキッチンがちゃんと離れているところに住む高額所得者なのに違いない。
2003年5月28日(水) 天気:よい
ネタがない日だったので他人の日記反応コーナーにします。

うちの実家の猫も(以下350行略)
…ああ、駄目だ、何度でも見てしまう

右側の八甲田丸が(ぉ。

桜吹雪の中で運命の出会いはありましたでしょうか。
2003年5月29日(木) 天気:はれ
台風来てるんですか。

知っている限りでいうと地質学者というのは男女を問わず、ランクルを駆って道なき道を走り回り、重さ数十キロのザック(中は試料の岩石で一杯)をかついで沢登りをしたりする人種なわけです。というわけで烈しくモニターの選定を間違っているような気が(最後の方)。
2003年5月30日(金) 天気:むしあつい
AddDefaultCharset、実は大変なことになりそうなのにあまり話題になってなかったのはApache2.x系がそれほど利用されてこなかったってことなのかしら(以前はまりました)。デフォルトインストールでonになってるのは止めてほしいです。せめてディレクティブごとに切り替えとか、そういう方向での実装なら嬉しかったのに。だいたい.sjisとか拡張子つけたらMIME-Typeどうするんですか(.htaccessでオーバーレイドしていたのとぶつかってまたはまりました)。

ドラ息子(SCO)って奴です。あとパッチくらはい(ぉぃ
2003年5月31日(土) 天気:コロッケ(謎
金曜夜、明日の予習をしようと某秘密場所に出かけたら楽器から異音が。どっか剥げちゃったかなと思ってヘコんで帰ったのですが(楽器の調子が持ち主の体調に影響してこそ楽器弾きってもんです)、ステリハの前に音出してみたら直っていました。楽器の調子でたまたま発生したウォルフ音なのか、剥げてたところがまた一時的にくっついた(膠ですから)のか不明ですが、なんか怖いのでそろそろリペアに出すことにします。代わりの楽器手配しないと。

幻想をやったので、休み時間に打楽器のところに行って鐘を見せてもらいました。レンタルで一日四万円、ケース代が五万五千円でもっと高い。大きいほうが百数十キロ、小さいほうが九十キロくらいだそうです。打撃音を防ぐためにコルクを貼って打つそうです。

で、打ち上げで騒いでいたらあっという間に終バスの時間に。みんな何時までいたんでしょう。

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Akiary v.0.51